#ドリーム怪談 投稿作「いないって言わないで」

 学校というのは、ある意味で閉鎖環境だ。
 だからこそ、怖い話、七不思議、怪談……そういうものが娯楽として消費される。
 でもそういうのはただのお遊び、誰でも嘘だってわかってて、だからこそお話として楽しめるもの。
 私はそういうのに興味はない。何の害もないものだって分かってるから。
 授業中、私は一番後ろの廊下側の席で、ドアに設えられた小さな窓から廊下を眺めている。
 ――いる。
 またいる。
 私は目を合わせないように少し視線をずらして、それを確認した。
 この高校が建っている場所は、数百年前、戦があった場所だそうだ。
 その話を聞いた後から、私は度々、それを見かけるようになった。
 それが何か、と聞かれたら……私は『落ち武者』と答えるだろう。
 落ち武者は小窓から教室内を見ている。
 授業中の教室は先生の声と、生徒達が立てるノートを取る音ぐらいしかしない。
 そんな静かな教室を、落ち武者はジッと見ている。
 ――私はそれと目を合わせないように、頬杖を突いて考える。
 落ち武者がいる。
 でもそれは私以外には見えていない。
 だって、誰も騒ぎ出さないから、私以外には見えていない――つまり、これは退屈な授業から逃れようとしている私の妄想だ。
 落ち武者は動かない。
 何を見てるんだろうな、と考えた時。
「S」
 と、急に指名された。
 ビクッとして「はい」と返事をすると、K先生は私が見ていたドアの小窓を見てから、
「授業に集中しなさい、そんな所に落ち武者はいない」
と私をたしなめた。他の生徒達がクスクスと笑う。K先生の冗談だと思ったらしい。
 私は、ゾワッと鳥肌が立つのを感じながら、K先生の方を見た。
 K先生はそのまま授業を再開する。
 私はもう、とてもじゃないけど授業を聞いていられる状況じゃなくなった。
 恐る恐る、こっそりとドアの小窓を見る。
 落ち武者はまだいる。
 そして私を見てニタリと笑い、音も立てずに歩いて行ってしまった。
 教室前方のドアの外を落ち武者が通っただろう時、K先生はチラリとそちらを見ていた。
 K先生は学校の先生をしている傍ら、実家のお寺でお坊さんもしているという変わった経歴の先生だ。
 K先生の授業はつまらないのだけど、脱線して話してくれるお坊さんとしての体験談は生徒に人気があった。火葬場で幽霊を見た話とか、お葬式の最中に幽霊を見た話とか、霊感があるというような話をよくしていた。
 そんなK先生が、落ち武者はいないと言った。
 ――お願い、いないって言わないでよ。
 だってそれは、私が見ていたアレがただの妄想じゃないことを裏付けてしまう。
 K先生にも見えていて、私の注意を落ち武者から引き剥がすために「いない」って言ったと分かってしまう。
 いないって言われたから、もう私はアレがいる事を理解してしまった。
 落ち武者も、私に姿が見えていると知ってしまっただろう。
 これから卒業するまで、私はあの落ち武者に付け狙われるのだろうか?
 学校というのは、ある意味で閉鎖環境だ――つまり、逃げ場がない。
 あぁ、K先生が「いない」って言ったから。
 私の恐怖の日々が始まってしまった。

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