【創作怪談】死神の指先

 部活の居残り練習で遅くなり、辺りはもう真っ暗だった。
 家へと急ぐ俺は、チカチカと切れかけている街灯に「さっさと直してくれればいいのに」と思いながら、暗い道を少し早足で歩いて行く。
 ふと、最近、部活内で話題に上がった変な話が脳裏を過る。
「バスケ部のやつ、また怪我したんだってさ」
「またかよ? 一週間前にも一人、怪我したって聞いたぜ?」
「それがさ、怪我する前にそいつらが言ってたらしいんだけど、家の前に知らない人間が立ってて、家を指差してたって言うんだ。二人ともだぜ?」
「なんだそれ? 気持ちわりぃ」
「指差されたら怪我するって? 馬鹿馬鹿しい」
 俺は本気にしていなかった。
 偶然だ。
 バスケだって過酷なスポーツだ。練習中に怪我の一つや二つ、するだろう。
 だから、俺は自宅の前に誰かが立っている事に気付いた時もさして気にしていなかった。
 たまたま来客があって、家に招かれる前の状況に行き会ってしまっただけだろう。
「……〇〇ですけど、うちに何か御用ですか?」
 取り敢えずそんな風に声をかけてみたが、その人影はおかしかった。
 黒い。
 なんだ? 人間がこんなに黒いことあるか? 影みたいじゃないか。
 ちょっとビビッて一歩後退ると、その人影がゆっくりと動き出した。
 くそ、なんだよ……っ。
 おかしな事態に巻き込まれていることは分かるが、逃げ込むべき家の前にそいつが立ってるから、逃げるに逃げられない。
 目を離したら事態が悪化しそうで、俺は目が離せなかった。
 そいつは骨がないみたいにぐにゃぐにゃとした動きで、右腕を持ち上げた。
「……」
 俺の目の前で、黒い奴が俺の家を指差そうとする。
 ――バスケ部の奴の話を思い出す。
 怪我した奴らは、知らない人間が家の前に立っていて、家を指差していた、と……。
 まさか。
 こいつか? この黒い奴なのか?
 嫌な汗が背中を伝う。
 いなくなれ……くそっ、早くいなくなれよ!
 拳を握り締めてそいつを睨み付けていると、そいつがまたぐにゃぐにゃと動き出す。
 家を指そうとしていた指先が、真っ直ぐに俺に向けられた。
「は……?」
 黒い影の様な人影に、赤い三日月の様な切れ込みが入る。
 ……笑ってる? 笑ってるのか?
 得体の知れない悍ましさに硬直していると、黒い奴はふわっと消えてしまい、赤い切れ目だけが残っていた。
 なんなんだ? これ、俺が怪我でもするってのか?
 瞬間、背後から眩しい光が差し、劈くようなクラクションが鳴り、スローモーションの様に振り向く俺の視界いっぱいに車が。
 衝撃で意識が飛ぶ。
 俺が最後に認識したのは、車の助手席に浮かんだ、赤い切れ込みだった。

 目が覚めた時、俺は病院にいた。
 母親が泣きながらナースコールを鳴らしていた。
 母親が言うには、俺は家の前で車に撥ねられたそうだ。
 頭を打っていたらしく、目覚めるまで三日も経っていた。
 事故の処理もほぼ終わっており、運転手の前方不注意とされたらしい。
 その日は少し検査とかをされて、翌日に警察の人が事情を聞きに来た。
「――それじゃあ、急に後ろから車が突っ込んできたのは間違いないんだね?」
「はぁ、そうだったと思います」
「何か車が走ってきていると気付ける事はあったかい?」
「クラクションが鳴って、振り返ったらもう目の前に車があった感じでした」
「なるほど。他に何か気付いた事はあるかな?」
 警察の人の質問に、俺は少し考えた。
 助手席の赤い切れ込み。あれは誰かが乗っていて、直前の奇妙な体験から服か何かと見間違えたんだろうか?
「あの……助手席の人は……」
「え? 車に乗っていたのは運転手だけだよ。同乗者はいなかったけど」
 ――俺は、やっぱり、という気持ちの方が強かった。
 だから、光の反射を見間違えたのかも、と言葉を濁した。
 警察の人は事故のショックもあるだろうから、と俺の言葉を深く追及はしなかった。
 あいつだ。
 あの黒い奴だ。
 あいつが俺を指差したからだ。
 数日後、見舞いに来てくれた部活の仲間に頼んで、怪我をしたバスケ部の奴と話が出来るかと頼んでみた。
 だが、急にみんな気まずそうな顔をしたのだ。
「あのさ……バスケ部で最初に怪我した奴、ほら、変な人影が家を指差してたって言ってたやつな?」
「あぁ、そいつの話を聞きたいんだけど」
「――死んだんだよ、三日前。お前が事故に遭った日の深夜だった」
「え……?」
 ゾワッと鳥肌が立った。
「家が火事になって、家族も一緒に……」
「そうか……」
 それ以上、何も言えなかった。
 予感があった。
 きっと、もう一人のバスケ部員も、家族ごと死ぬかもしれない、と。
 そして、俺の家族は助かるかもしれない、と。
 あの黒い奴は、死を予告してくるのだろう。
 だから、俺は今は順番待ちをしているのかもしれない。

 翌週、入院中の俺に予想通りの訃報が届いた。
 あぁ、次は俺の番だ。
 俺は観念して目を閉じた。


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