五月雨よの話
絶対に8thの話をするタイミングで4thの話をします。どうもさいだです。
期末レポートを書いているとnoteを書きたい衝動に駆られます。やらなければならないことに追われながら、頭は五月雨よのことばかり…。これは恋…♡
そんなわけで今回は五月雨よの解釈についてさいださんの考えを書き殴っていきます。
五月雨よloverのみなさん、よろしくお願いします。
▷五月雨式に
ざっくり歌詞の内容は、「"君"に対して漠然とした愛おしさを感じている"僕"が、五月雨式でいることを受け入れていく」というふうになっていると考えています。
ここで気になるのは"五月雨式"という部分です。
「五月雨式に好きになってく 雨よ止むな」という歌詞で締めくくられているところから、最終的に"僕"は五月雨式でいることを肯定できるようになった、と捉えて良いでしょう。
しかし一般的に考えて、愛が途切れるというのはあまり良い印象とは言えない気がします。
また物語の展開として、はっきりしない気持ちが確信に変わっていって、ああやっぱり好きだな〜ちょっくら伝えちゃうか〜くらいになった方が綺麗に締めくくれるんじゃないかなぁと思います。太陽の1つや2つくらい現れてほしいところです。
だけども人生そういう綺麗な終わり方ができないこともあるじゃないですか。むしろ綺麗に終われないことの方が多いかもしれないです。そういう気持ちに寄り添ってくれるのが櫻坂さんの良いところの1つじゃないですか?(?)
おっといけねぇ話が逸れましたが、じゃあそういう五月雨式でいることが納得できるパターンってなんだろうと考えた時、"僕"と"君"は死別してしまったんじゃないかという考えに行き着いたわけです。
▷死別説
物騒なワードを投げてしまいすみません。こういう話をしていきます。
"君"がもうこの世にいないとしたら、時間とともにその悲しみが薄れたり、たまに思い出して辛くなったり。『好き』の気持ちもそういう揺れが生じてくるんじゃないかな〜と思ったら腑に落ちたんですよね。
あとは、2Aの「『止まない雨はない』誰もがそういうけれど本当にそうなのか?君にどんどん惹かれていく」という歌詞。
止まない雨はないというのは、辛いことはいつまでもつづかないという意味で使われる言い回しです。
つまり"僕"は"君"を好きでいることに辛さを感じているかもしれなくて。
この後2サビで「苦しいよ君を想うと一方的で息もできない」と語られると、もう思いを伝えることのできない相手に後からどんどん惹かれてしまうことの痛みのようなものを感じてしまいます…。
「後から後から」という言葉選びもそれですね。『段々』とか『次第に』とかじゃくて「後から」と言うことで、もう終わったことっぽくなります。
そして、はっきりしない気持ちを抱えていた"僕"は「どんな時も絶えることない永遠を愛と信じてる」「雨よ止むな」というふうに考えが変わっていきます。
止まない雨(辛いこと)を背負っていくという覚悟のようなものが見えると思います。
あとは、"君"がどんな人なのかということが一切語られていないところからも、見えない相手に語りかけているところを想像してしまいますね。
普通の恋愛ソングならもっとどういうところに惹かれたかとか、どんな髪型をしてたかとか、表情とか、目が合ったかどうかとか、どんなことがあったかとか、ちょっとくらい私たちに教えてくれてもいいと思いません?(?)
(ちなみになぜ恋、"君"が1度も出てこないところから恋をしている自分に酔っているというか、キュートな狂気というか、そういうのが感じられて好きです)(そうですか)
さて、歌詞以外にもこういったことを感じさせる何かがあるな〜とふんわり思っていたので、この機会に自分の考えを少し噛み砕いてみました。
以下、それです。
・足が映らない
このMV、足があまり映りません。
いやそりゃあCGを使わずに浮遊感を出すためには足は見せられないですが。
手前に木を持ってきたり、もうちょいヒキで撮れそうなのにここまでだったり。
この辺を見た感じ、これは意図的に足元を映していないな…と思いました。
浮遊しているところ、足が映らないというところから霊的なものを連想させます。
・いなくなる精霊
仮説ですが、精霊と書いておくことにします。
さっきまで見えていたものが見えなくなる…。
幽霊だと夜の方が活発そうですが、私はどちらかというと精霊みたいなのを想像しています。ジブリっぽい感じかも。
ちなみにキリスト教の聖霊は永遠の愛がなんちゃらほにゃららとか書いてあったのでそっち方面で考えてみるともっと興味深いかもしれません。私は詳しくないので断念。(勉強したい気持ちはあるのですが、何から手をつければよいのかわからないのです…)。
天ちゃんは神的な何かかな〜と思ったり、もしかしたら天ちゃんは"僕"で、"僕"自身もふわふわと浮遊して世界に溶け込んでいくことで"君"の存在を確かめたいのかも…と思ったり。
・廻る
うーん生まれ変わりっぽい。
もしかしたら"僕"は"君"が自然の何かに生まれ変わった、みたいな感じに思っているのかもしれません。
雲が生まれて、そこから雨が降って、山を潤し、川に流れて、湖にも流れて、海にも行ったりして、蒸発したらまた雲になって…。繰り返しの世界。
そして最後、水の流れに触れる。
このMVは手だけのカットが多くありますが、何かに触れて確かめる、感じるというニュアンスがあるのではないかと思っています。
こうやって巡り巡っている世界のどこかに"君"の存在を探している、確かめている、みたいな。
▷広げられない傘
そんなこんなで五月雨よ死別説を考えているので、「広げられない傘」は空の上にいる"君"から"僕"が見えるようにするためにそうしているのだと思っています。
または、心の内側にこもって雨(愛)から逃げるのではなく、それと正面から向き合うことで記憶や心の中でまた君を感じることができるようになると"僕"は考えるようになった。
当然それは時に悲しさを想起させることにもなります。
しかしこれが、"僕"が辿り着いた『"君"がいなくなっても「今すぐに会いに行く」ことができる唯一の方法』なのだと私は思っています。
▷おわります
おわります。櫻坂の曲は割と理系解釈を含めることで深みが増してくるなぁと思っていたド文系の私ですが、文系強めの解釈で戦ってみても面白いんじゃないかなぁと思ってきました。
戦うっていうのは理系解釈できないとなぁ〜、なんだかなぁ〜?と思ってしまっている自分と戦うみたいなところなんですけど(???)
何はともあれ、今回も楽しく書けました(にこにこ)。
もう少し気軽に更新できたらもっと楽しいだろうなと思っていますがあとは今後のさいださんの意向に任せたいと思います。
お付き合いいただきサンキューでございました。
またいつか。
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