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ジョー・ヒデキ

1974年の夏。私の住む田舎町に「ジョー・ヒデキ」という西城秀樹のそっくりさんが来た。
当時、西城秀樹といえば「傷だらけのローラ」等の大ヒットで、日本最大の人気アイドルだったが、田舎に住む者にとって彼は、ブラウン管の中の存在でしかない。
だから、そっくりさんだろうが何だろうが「西城秀樹的な人物」を直に見られるなら……と、会場になった産業会館は満員になり、さらに会館の周囲を何重にも人の輪が取り囲むほどになったのだ。

ジョー・ヒデキは、西城秀樹よりももっと野生的な顔立ちであった。ギョロ目で眉毛が太く、鼻が左右に広がって、唇が分厚いのだ。
つまり顔は然程似ていない。
だが、痩身で足が長いので体つきは似ており、遠方から見れば確かに「西城秀樹的」な人物なのだ。

「🎵ロ〜ラ!ローラー!」
その歌声は……これは口パクなのだから、当然「同じ」である。
田舎の女子たちは興奮し、ただの偽物であるジョー・ヒデキに西城秀樹の幻影を重ね、絶叫する。
「キャーキャー!ヒデキ〜!」

悲しいことだが、こうした光景は当時は日本の田舎町では普通に見られたのである。さらに昔は「エノケ」や「美空ひり」……近年でも「郷(さと)ひろみ」といった紛らわしい偽物のショーがあり、純朴な田舎の人たちは、これを本物の「エノケン」「美空ひばり」だと信じて高い入場料金を払って鑑賞したのだ。
まだ「そっくりさん」と明記してあるだけ、ジョー・ヒデキは良心的だったといえる。

「田舎の皆さんこんにちは。さいじょ〜……じゃなくて……ジョー!ヒデキ!で〜す!」
「きゃー!ヒデキ〜!」
「ヒット曲メドレーを聞いてもらった後は、ジョー・ヒデキとっときの得意技をお見せしましょう!これで〜す!」
ジョー・ヒデキが懐から取り出したのは、ちょっと前に流行したアメリカン・クラッカーだった。
プラスチック製の硬い二つのボール(ゴルフボール大)を紐で繋いだアレだ。
紐の中央を指で摘み、ゆっくり上下に動かすと、まず左右のボールが下方で衝突・反発。さらに素早い上下動を与えることで、ついにボールが高速で上に下に激しく打ち付け合ってカチカチカチカチ!という快音を発する、という非常に原始的な遊びだ。(あまりにも原始的だからか、すぐに飽きられた)

ジョー・ヒデキは、大きめのアメリカン・クラッカーを股間に吊るしたのだ。
いったい、紐がどこに結えられているのか?はよくわからないが、ガニ股を張ったヒデキの股の間に、黄色のゴルフボール大の玉がぶら下げられ、揺れている。
「🎶ロ〜ラ!」
「傷だらけのローラ」を歌いながら(口パクだが)、ジョー・ヒデキが腰を上下に揺すると、左右のボールがカチ、カチ、カチと拍を刻んで打ち合わされ始めた。

そして……
「♪今〜君を救うのは〜目ぇ〜の前の僕だけさ!」
曲の盛り上がりに乗じて、腰の上下動が激しくなり、ボールは快音と共に猛烈なスピードで上下に打ち合わされるようになった。
カチカチカチカチ!
「🎵祈りも〜!この愛に捧げる〜!」
ジョー・ヒデキの小刻みに上下する股間を中心に円を描き、ボールの打撃音は轟き続ける。

「やめて〜!ヒデキ〜」
女子たちは、その危険なパフォーマンスに悲鳴を上げるしかない。
あれが股間を直撃したり、挟んだりしたら、どうなるのか?
その恐ろしさは女子でも想像できた。

「ローラー!」
カチカチカチカチカチカチ……
歌唱終了と共に腰の動きが緩まり、アメリカン・クラッカーの打撃も止んでいく。

「はい……と、いうわけで、お楽しみいただけましたか?ジョー・ヒデキでした〜」
あまりにも壮絶な芸に疲れた女子たちは放心状態。ヒデキが去ると共に産業会館は水を打ったように静まりかえったのだった。

(ジョー・ヒデキは、その後、場末のクラブやストリップの幕間等で、この芸を披露していたらしいが、その際は「竿芸人サオジョー・ヒデキ」を名乗っていたという。やはりクラッカーは竿の部分に結えられていたということだろうか……)









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