伊集院光は『ラジオの帝王』の称号をなぜ拒むのか?

2021年4月、伊集院光氏とフワちゃんとの間でラジオを介した“いざこざ”があった。4月からニッポン放送で、「フワちゃんのオールナイトニッポンX」が始まるにあたり、その記者会見で番組への意気込みとして、フワちゃんは伊集院氏の名前を出し、挑発とも揶揄とも取れるようなコメントを発し、伊集院氏もそれに応え、怒りをあらわにしたコメントをラジオで発言し、騒動となった。


事の発端は、2016年2月22日、30年続いたTBSラジオ朝の帯番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」が4月8日で終了し、代わって4月11日から「伊集院光とらじおと」が始まることになった。
この事だけでも驚きだが、1995年10月10日から25年以上続くTBSラジオ「深夜の馬鹿力」は終了することなく、継続しながら朝の帯番組を始めるというのは、ラジオを知っている人間からすると衝撃だった。

ライフスタイルだが、伊集院氏によると、月曜日の夜にスタジオに布団を敷いて寝て、よく火曜日の放送を迎えているという。
もともと伊集院氏はショートスリーパーで、日頃から3時間睡眠でも平気な体質だという。

そして、2019年6月19日、ニッポン放送「佐久間宣行のオールナイトニッポンZERO」に、伊集院光氏が生出演。
佐久間氏は事前告知でことさらに、「ラジオの帝王が来ます!」と囃し立てた。
元々、佐久間氏にとって伊集院光氏は、若手AD時代に出した企画書が採用され、初ディレクターを務めることになった番組「ナミダメ」に出演してくれた恩人である。

そして先述の騒動へと発展するのである。

これらの事は、2021年5月12日放送のテレビ東京「あちこちオードリー」にゲスト出演した伊集院氏が、「世の中恐ろしいもので、今までなんとなく呼び名が無かった人、テレビで観てる人には、あの人は芸人って感じでもないし、タレントっていうのもちょっとなんかだし…ってところに、奴の付けた『ラジオの帝王』が独り歩きし始めて、「ラジオの帝王が、なんでラジオ始めたばかりの人に対して文句言ってんの?」みたいな、弱いものイジメ感が出てきて」と語り、騒動の原因を佐久間氏のせいにして、番組を盛り上げた。

また、同番組で共演した見取り図の盛山氏が「なんか伊集院さんが世界一のメンヘラに見えてきた!」とツッコむほど、伊集院氏は自身の性格、キャラクターを存分にテレビでアピールした。


知っておきたいラジオの歴史

ここでちょっとラジオの歴史、と言うほどでもないが、ラジオがトレンドになる、ラジオに火が付く、いわゆるラジオの小ブームをいくつかおさらいしておきたい。すべてを挙げるとキリが無いのでかいつまむと、
まず、1981年1月(~90年12月)に始まった「ビートたけしのオールナイトニッポン」が絶大な人気を得る。
2005年10月から始まったJFN「SCHOOL OF LOCK!」が中高生の間で人気に。
2010年頃からradikoによるネット配信開始、スマホの普及により、ラジオを聴くことが容易に。
2016年10月、タイムフリー機能で1週間以内聴取可能、2017年10月、タイムフリー機能改善、再生後24時間以内再再生可能に。
2020年4月以降、コロナにおける自粛、ステイホームによりラジオを聴く人が増える、というように、ラジオを聴く人が増えていき、また、昔と違ってラジオのみで活動する専業パーソナリティーから、テレビで充分に人気を得たタレントがパーソナリティーを務める番組が幅を利かせるようになり、ラジオの人気は大きくなり、枠をもらえない人気タレントがYouTubeなどのSNSで疑似ラジオを行うなど、ラジオの存在感は増していった。

また、このような出来事の度に、ラジオに流入する人が増えていったと考えられる。

この表で言うと、筆者は2016年前後くらいにラジオを聴き始めた後発組であることは間違いない。ラジオ歴で言えば伊集院氏より遥かに後輩で、フワちゃんよりはちょっと先輩となる。

ラジオをどう楽しむかは個人によるが、筆者は人気芸人のラジオを主に聴いている。SNSなど無い時代、自分の意見などテレビには届かないのが当たり前の時代に生まれ、そんな風に楽しむテレビの延長線上なので、“イヤなら聞かない”タイプだ。

さて、テレビ界にはテレビ界のルールがあるように、ラジオ界にもラジオ界のルールがあって、ラジオは、「個人の思いを自由に語るもの」という風潮が強く、またそうやってパーソナリティーたちは人気を得てきた。
「今週こんなことがあって…」というトークもあれば、リスナーからの質問に答えるというトークもある。そんな中に、本人のスキャンダルがあれば釈明したり、ラジオ以外にも誰かが自分のことを言えば、それに答える形で返すという形態が取られてきた。

ネットが無い時代は、たとえば、千原ジュニア氏のラジオにリスナーから「ナイナイの岡村さんが悪口言ってましたよ」というような告げ口スタイルが取られ、その噂を聞いた岡村氏ができるだけ会わないようにするようになった、共演NGになった、というような噂が流れた。

筆者が聴き始めた頃からはもっと盛んで、たとえば神田伯山(松之丞)が「問わず語りの松之丞」で爆笑問題太田光の悪口を言い、月曜の昼にそれを聞いた、松之丞びいきの高田文夫先生が「ラジオビバリー昼ズ」でネタにして囃し立て、火曜日の「爆笑問題カーボーイ」で太田氏がいなすという構図や、最近でも日本テレビ「たりないふたり」シリーズで共演している親友の南海キャンディーズ・山里亮太氏とオードリー・若林正恭氏がそれぞれ「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」と「オードリーのオールナイトニッポン」でトークに相手の話題が上がると、リアルタイムにSNSで反応し、その後の自身の番組で正式な返答という形でトークする、というような「番組を通しての交流」は盛んに行われていて、

今回の伊集院氏とフワちゃんのいざこざも、それぞれのキャラクターや言葉遣いであるとかいろいろあるけども、結局その一環に過ぎないのであって、それをネットメディアや、内証を知らないそれぞれのファン、もっと言えば通りすがりの赤の他人がギャアギャア騒ぎ立て過ぎている、というような感じがする(その一方で、こういうことを書いてしまうとせっかくの芸能の盛り上がりに水を差してしまうような野暮な感じもある。結局のところ芸能人のプロはそんな騒ぎの扱い方も上手いのでね)。


伊集院氏のラジオでのキャラクター

伊集院氏はラジオに対する思い、愛も強い。
最近はラジオの変化に対して一言物申し、またそれが注目されやすくなっている。
TBSラジオの三村社長が聴取率調査よりradikoでの再生数を重視する方針を語った際にも、自身の考えを申し、苦言を呈した(呈し続けている)。

2021年5月10日月曜日の「深夜の馬鹿力」を聴いてみた。この日、横浜で行われた三遊亭円楽師匠の落語会に、6月に行われる二人会に先駆け伊集院氏がシークレットゲスト出演。トークもこの日の落語会がテーマとなり、2時過ぎまで喋り続けた。

トークの内容は、その日のシークレットゲスト出演にあたり、久しぶりに落語をやるということで、前日に緊張からか思い悩んで眠れなくなり、しまいにはポケモンスナップをやりまくった。でもバイオハザードの新作には手を出さなかったという話や、後輩弟子に出さずに逃げ回っていたお祝い金を出さなくちゃいけなくなって渋々出すという話や、また出すにあたって起きたちょっとしたハプニングや思いを交えたものだった。

このトークにあたって、話の過不足無いディティールの細かな説明や、様々な出来事への不満やひねくれ、またそれに対しての反省という、火を点けては消し、また火を点けては消しながらトークを面白く進めていくという1人ラジオならではの話芸・話術が繰り広げられた。

話術もさることながら、2時過ぎの毎週恒例リスナー投稿ネタコーナーが始まってもまだ話し続けたところが凄かった。注目度が高いこの日初見の聴取者をつかんで離さないという思いがあったか、まだ話し足りなかったかはわからないが、ここもラジオの話術だなと思った。

結論

深夜ラジオと朝の帯ラジオを両方やってのける二刀流の免許皆伝の達人とも言うべき伊集院氏をここまで人気パーソナリティーに仕立て上げてきたものというのは、やはり伊集院氏のキャラクターであって、一つはその博識さ、そしてもう一つは卑屈な性格から来る斜めの見方をしたトーク術であって、そのトークが深夜にラジオを聴きたいリスナーたちの心に刺さり、またそういったトーク術は先述の山里氏、若林氏に引き継がれていると言っても過言ではない。

この原点というのが、芸人の「下から下から」精神から由来していて、この精神に『帝王』の称号はやはり邪魔でしょうがない。少なくとも、対ラジオに対しては伊集院氏の手法はやりづらくなってしまった。イジられるのが当たり前なのが芸人なのに、イジられたことに対しての反論が「大人げない」という世間の反応は、芸人にとっては理解できないものに他ならない。

『ラジオの帝王』の称号は、高田文夫先生に贈るのが最良だろう。

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