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ヴァージンVSにたどり着くまで 16

ヴァージンVSにたどり着くまで 16
◆この稿の最後にライブのお知らせあります

~1972年4月~8月 私がウエストロードを去るまでのコンサート記録を中心に 4~

「1972年6月18日 てるてる坊主コンサート 藤井大丸屋上」
この、てるてる坊主コンサートは、京都四条通りに面した藤井大丸という地元の百貨店の屋上で、定期的に開催されていたコンサートで、関西のバンドと東京からのバンドが何組かづつ出演するというお得な企画でした。
屋上だから無料だし、でも雨が降ると中止?だったのかな?
なので「てるてる坊主コンサート」でした。
田舎芝居をやりだしてからも、何回か出演させていただきました。

なかなかスゴイ方々が出演してましたよ。
もう少し後になりますが、3人キャロル(ジョニー大倉氏が失踪中)とか、残念ながら私見てませんが。
矢沢栄吉さんとの話は、もう少し後で出てきます。

当時、貸し物屋さん、今でいうならイベント用品の貸し出しや、百貨店の模様替えをする、たしか「ふじや」さんという会社があり、ウエストロードのベースマン小堀さんはバイトでチーフ級だったと思います。
この「てるてる坊主コンサート」の仮設舞台も「ふじや」さんの担当で、小堀さんは自分で作った舞台で演奏し、終われば撤収するという、当時ならではの手作り感満載のバンド生活ですね。
違っていたらすみません。
しかし、演奏終わった後で小堀さんが仮設舞台を見て、
「これ、また片づけなあかんな~」
とつぶやいているのを確かに聞きました。

この時のミキシングもスパニッシュの入江さんが担当と書いてあります。
ギターアンプの電源を入れると「ビリビリ」と感電、そうしたら入江さんがACETONEのBassA-60のヘッドに交換してくれたとのこと。
素晴らしい対応!!

大阪心斎橋「サカネ楽器」の兄ちゃんが見に来てくれたのは、たしかこの時だったと思います。
お名前忘れてしまってごめんなさい、サカネの兄ちゃんと呼んでいました。
なにはともあれ、当時ブルースレコードといえば関西では「サカネ楽器」ですもんね。
服田さんや塩次さんや永井さんは電車に乗ってよく心斎橋までレコードの「買出し」に行ってました。
私も「サカネ楽器」で勧められて買った「グレートハーモニカプレイヤー」というLPで「ハウロング・ハウロング・ブルース」を知り、初めて日本語の歌詞をつけたものです。
ホットツナで有名な「ハウロング・ブルース」とは違う曲です。
また「ジム・クウェスキン・ジャグバンド」のレコードも、ここで初めて出会ったのではなかったか。
何かこれからの方向が見えてきたような、1972年夏の一コマでした。

1年前の夏は、バンドの名前も練習場所もなく、タラタラしていたことを思えば、えらい勢いがついたもんですね。

◆ここでライブのお知らせです。
令和4年2月5日(土)開演時間等は蔓延防止のため調整中
「音楽酒場 すなふきん」 
東京都東村山市栄町2-19-25  2F(西武新宿線久米川駅近く)
昔のフォーク仲間、榊淳さんからお声かけて頂きました。
GREEN ONION3S(木村しんぺい、市川しんゆう、久保田さちお)
という名前のアコースティックセットで出演します。
時間等の詳細わかり次第、FBでお知らせいたします。
よろしくお願いいたします。


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