子育てに疲れたので逃げてきた

「もう限界!今日は休みます!!!!」

土曜日の午前10時。
夫と子ども(9ヵ月)に宣言して家を飛び出した。

今日も母親でいるのはムリだった。


「お昼ご飯も食べてくるから!」

誰にも責められてないのに、強めの口調で伝えてみる。
16時ごろまでゆっくりしてきたら?のんきな夫の声がしたが、断った。

少しだけの贅沢を楽しむのが、今の私にちょうどいい。

行き先は決まっている。
自転車で数十分のところにあるデパートだ。

ドアを開けると、雨が降っていた。
どうしよう。これは想定外。

行くのやめようかな…と悩んでいた時、息子の叫び声が聞こえてくる。
ムリだ。行こう。頑張れパパ。

自転車は諦めて、いつもの道を歩いてみる。

川沿いに出たとき、久しぶりに鳥のさえずりを聞いた。

今日は誰からも声を掛けられない。
近づいてくる犬を気にしなくてもいいし、車幅を気にして歩くこともない。

途中でカモの群れに出会った。
落ちることを気にせず川をのぞき込む。

中学生の頃、カモを見つけるのが私の癒しだった。
念のために伝えておくが、鳥の話である。

こんな優雅に泳いでるのに、足は必死でバタついてるんやんな。

なんとも滑稽な。
それでいて、頑張り屋さんな。

努力がいつも空回りしていた頃の自分と重ね合わせていた。


大学生の頃、デパートに行くのが私のステータスだった。
ちょっとだけいい服を着て、念入りに化粧をし、思いっきり背筋を伸ばして入店する。

"私いつもここにいますのよ、オホホ"
そんな空気を醸し出している自分が好きだった。
だいたい足元はボロボロのパンプスだったが。

デパートのキラキラ感が好きだった。
キラキラした店員さんが、キラキラ(orギラギラ)したおば様方に接客をしている。

普段のスーパーでは絶対に見れないオシャレな服、用途が全く分からないガラスの置物。

目の前の景色も、そこにいる自分も、何倍も上品に見えた。

江國香織いわく、デパートにいるのは"孤独な若者"と"暇な主婦"らしい。
全くその通り。
かつての私は"孤独な若者"であり、今は"暇な主婦"である。

昔のキラキラ感を求めて、デパートに到着した。
不思議なことに、以前ほどは惹かれなくなっていた。

あんなに好きだったコスメ達を素通りし、私の足はまっすぐ上の階に向かう。
"僕たち上品だよ!"とでも言いたげなマネキンたちが、子ども服を着て立っていた。


店員さんに話しかけられないように、最小限の動きで店内を見回る。
光の速さで値札をチェックし、"私の好みではないわー買えるけど。"感を出しながらすぐ退散。

値段を見ずに買っていたあの頃とは違う。
母親になると、財布のひもがしめ縄と化す。

子どものオモチャ、上品な子ども服たち。
自分のモノには一切興味を持てないまま、イベントコーナーに移動した。

興味があるものを見るのではなく、興味がありそうなものを見つける旅に変わっていた。

北欧コーナーと書かれたスペースには、オシャレすぎるタワシと、高そうな素材で出来たガイコツが並んでいる。

さすが北欧!タワシとガイコツなのにオシャレ!!

展示品の奥に進んでみた。
北欧コーナーはまだ始まっていなかった。

私の脳力は息子に全部捧げてしまっているらしい。

デパートから出て、早めにお昼ご飯を食べた。
"オシャレだから"という理由だけでパスタにした。

私の"オシャレだから"軸はブレることなく、サラダにはレモンドレッシングをかけた。

食べ始めてすぐに気づく。
私はレモンドレッシングが嫌いだった。
ただの嫌いだけでない、大嫌いだ。

私の隣に座った"孤独な若者"も、今サラダを盛り付けている"暇な主婦"も、オリーブオイルに塩をかけている。

間違いない。
それが一番おいしい。

うぇええええ~~~~!と思いながら、美味しそうな顔をして食べ切った。
オシャレ軸からはみ出る行動は許されない。

昔と違って、パスタもパン無しでは食べ切れなくなった。
食後の飲み物は、いつの間にかホットしか頼まなくなった。

子どもを見かけたら微笑むようになり、気が付けば体が縦に揺れている。

昔と同じことをしても、母親でなかった頃の自分には戻れない。

それが寂しく感じることもあるが、嬉しい時の方が圧倒的に多いのも事実だ。

今はカフェでこの文章を書いている。
そろそろ子どもに会いたくなってきた。

1人の時間が終わったら、大して好きじゃないみたらし団子を探しに行くつもりだ。
私のお土産にわざとらしく喜ぶ夫を見て、私を見て駆け寄ってくる子どもをぎゅーっ!としたい。

昔の私に戻ろうともがく時間と、子どもと過ごす8割方辛い日々のバランスが、私をなんとか保っている。

来週はまた辛い時間が始まるだろう。
どこにも行けない状況で、子どもと2人だけの空間に閉じ込められる。

でも今の私は、「おかえり!」と笑ってくれる夫と子どもに会えることを、何よりも楽しみにしている。


母である自分から逃げたくなる時もある。
だが時間が経つと、母親である自分に戻りたくなる。

母親とは実に面倒くさい生き物だ。
でも、やっぱりそんな自分が大好きなのである。


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