夫がまた苺クリームを買ってきた
「お土産買ってきたよー!」
デパートから帰ってきた夫が、誇らしげに言いに来た。
週に一度、私達夫婦はそれぞれ息抜きに出かける。
"息抜きしたらお土産を買ってくる"のが我が家のルールであり、夫が忘れずに買ってきたのは今回が初めてだった。
「すごいやん!」
何が凄いのだろうと思いながら、初めてカブトムシを捕まえた子どもを褒めるように言ってみる。
しかし、私は猛烈に嫌な予感がしていた。
"お土産"らしきものがテーブルの上に置かれている。
まだ形すら見えない段階で、なんとも言えない負のオーラを漂わせていた。
少しずつ近づいていくと、ピンクの可愛らしい箱が見える。
この瞬間、"嫌な予感"がはっきりと説明できるようになった。
夫がまた、苺クリームを買ってきた。
私と苺クリーム(+夫)との闘いは、付き合って最初のバレンタインデーにさかのぼる。
「これ、逆チョコ!」
6年前の私は、その言葉にひたすら感動していた。
バレンタインデーなのに、私を気遣ってくれる優しい彼氏…!!
こんな人他にはいない!結婚しよう!!
これまでにないくらいのワクワクを抱えて、包装紙のテープに手を伸ばす。
絶対に破らないよう慎重に1枚ずつめくっていき、中身にたどり着いた。
やっぱりその時も、少しずつ嫌な予感がしてきていた。
"私可愛いでしょ!?女子受けバツグンの箱でしょ!?"
ただの箱なのに、えらい主張をかましてきている。
ピンクを基調としたボックスに、紫っぽいリボン、何か知らんけどヨーロッパぽいデザインが入った、オシャレ度満載のヤツがそこにいた。
女子力が飛び出して爆発しそうな箱だった。
私は知っている。
こんな箱に入っているのは、ヤツしかいない。
おそるおそる開けてみると、私の表情筋達が混乱し始めた。
口元歪める?どうする?まだ口角上げれる?えっ、無理??おいおい、初めてのバレンタインやぞ!みろ、あの期待に満ちた男の顔!頑張れ!!
なんとかギリギリ口角が上げられた(気がする)。
ピンクで埋め尽くされた苺クリーム入りのお菓子の前で。
私は苺クリームが苦手だ。
少し嘘をついた。本当は嫌いだ。
苺を混ぜているとは思えない人工的なピンク色に、本物とはかけ離れた謎の酸味が許せない。
苺そのものは美味しいのに、クリームになった途端不味くなるのは何故だろう。
言いたいことは山ほどあるが、口に出すことは不可能だった。当時の私は彼氏に好かれることが全てであり、自分の意思などどうでも良かったからである。
「おいしー!!ありがとう!」
彼氏から疑われない程度には、笑顔が作れていたらしい。
この発言を後悔し続けることになるなんて、当時の私は知る由もなかった。
私がヤツと再会したのは、同棲してすぐのことである。
新しいもの好きな婚約者(現夫)が、新発売のシュークリームを買ってきてくれた。
有名店の袋にテンションが上がった私だが、やはり期待はすぐに裏切られる。
クレヨンがそのまま乗ってるとしか思えない色をしたソレが机に置かれた。ジャジャーン!という不要な効果音と共に。
婚約している安心感があったからか、前回ほど表情筋達に困惑は見られない。
「私どっちかというと、定番の方が好きなんよな」
言えた…!!なんかそれっぽいこと言えた!!
感動を覚えたのも一瞬、少しずつ目の前の物体が凹み始めた。
苺クリームが凹んでいくなら願ったり叶ったりだが、実際に凹んだのは人間である。
「じゃあ食べない………??」
捨てられる寸前のキツネのような目でこちらを見てくる。とても申し訳なくなったので、美味しいフリをして食べた。
この時の私は2つのミスを犯している。
・苺クリームが嫌いだと言ってない
・凹んでもすぐに忘れるヤツに情けをかけた
これらのミスにより、私の不満が大爆発する事態に発展したのである。
ついにXデーはやってきた。
悪阻が少しだけ落ち着き、甘いものを食べたくなった冬のことである。
「今なにを食べたい?」と聞かれて、あなたはどう答えるだろうか?
美味しければ何でもいい、和食がいい、鶏肉が食べたい…など色々あるだろう。
妊娠中の食欲は、普段と少し違っている。
普段は「なんか甘いもの食べたい!」と答える私だが、妊娠すると「マ○クの三角チョコパイが食べたい。周りがカリッとしてて、ちょっと冷めかけのやつ」くらい変化する。
商品名単位で食べたいものが決まっているのが妊娠中の女性であり、それから外れる行動は許されない。
私は夫に伝えた。
「マッ○の三角チョコパイが食べたい」
仕事が終わって帰ってくる夫を、私は心待ちにしていた。正確には、夫が右手に連れてくるであろうものを楽しみにしていた。
なんのオシャレ感もないMの袋に感動した。
そうだ、本来袋にオシャレ感などいらない。
人もお菓子も大事なのは中身だ。
そう、大事なのは中身。
わくわくした私の心が、一瞬にして冷え切った。
次にやってきたのは絶望。
そして怒りだった。
夫は確かに三角チョコパイを買ってきた。
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/三角チョコパイ\
/ (あまおう) \
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私は全国民に問いたい。
定番商品が好きと言っていた妻。
三角チョコパイが食べたいと言った妻。
彼女に対して苺クリーム入りの商品を買ってくる男性がどれほどいるだろうか?
これぞまさに、ボーッと生きてんじゃねえよ!!である。
私の怒りはボーッと生きてんじゃねえよ!!に集約された。
「何でそんなことするん?前も言ったよな?私の話なんてどうでもいいん?そうやってすぐ凹むけど、どうせまた同じことするんやろ?」
念のため補足しておくと、彼の罪は商品を間違えて買ってきただけである。今読み返しても理不尽だ。
言った後に後悔した。
せっかく買ってきてくれたのにごめんと思った。
しかし、これでもう二度とヤツを食卓で見ることはないと、少し安心もしていた。
が、私が反省する必要なんて無かったし、安心したのは明らかな間違いだ。
1年後の今日、夫はまた苺クリームを買ってきた。
もう呆れを通り越して尊敬する。
「あんなに怒ったの忘れたん!?えっ、どうしたら苺クリーム止めてくれるん?スマホの待ち受けにする?」
ここまでくると、話し合いをするしかない。
やはり夫は凹んだままで使い物にならない。次に活かせない無駄な凹みなのに。
私は必死に考えた。
このままではまた来年同じことが起きる。
そうなる前に何とかしないと…
感情に訴えるという手段が塞がれたので、もっと冷静な解決方法を考えなくてはいけない。
今のところは、来年のカレンダーに書き殴るぐらいしか思い浮かばない…
しかし、この案は実行できないだろう。
来年カレンダーを貼る時、夫が苺クリームを買ってくるかもしれないことを私が覚えていられるとは思えない。人生にはもっと大事なことが沢山ある。
最後まで読んでくださった心優しいみなさま、お願いがあります。
解決策を教えてください。
-------完------
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