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山登り人生vol84ヨーロッパ遠征モアヌ針峰南稜

27歳。奥様25歳、長女2歳、長男8ケ月。
初めての海外遠征でした。

No196ヨーロッパアルプス遠征36日間 

昭和51年7月15日~8月19日 M、Iと私
ランデックス針峰、
モアヌ針峰南稜、
モンブラン一般ルート
コスミック山稜(ミディ針峰南南西稜)
ツールロンド北壁、
マッターホルンヘルンリ稜
6座に登りました。

この遠征記録は、
令和4年1月1日から5月7日にかけ
マガジン
「1976年ヨーロッパ山旅日記㏌よっちゃん」に27本投稿しています。

今回のマガジン「山登り人生」は、

山日記のスタート昭和44年9月の登山から投稿を続けています。
遂に昭和51年のヨーロッパアルプス遠征まで来ました。
前述のとおり既に投稿していますが、
改めて山登りの記録のみを添削しながら
9日目の岩登り、モアヌ針峰南稜の登攀を投稿します。

モアヌ針峰3412m南稜の登攀

23日はランデックス針峰からシャモニの街や山々を俯瞰して
24日いよいよモアヌ針峰登山口クーベルクル小屋まで来ました。
25日(日)雪の中南稜登攀が始まりました。

モアヌ針峰を選んだのは、モンブラン山群の中央に位置し標高も中位で展望抜群であること。また南稜から一般ルートを下ることにより岩登りの醍醐味を味わえるからでした。
南稜は、モアヌ万年雪上部のアタック地点2,962mから頂上まで標高差450mで5級上を含む全体グレード4級の六時間ルートです。
私達は10時間の予定でアタックしましたが、
18時間もかかりヨーロッパアルプスの大きさを知らされました。 

登攀記録

起床2:30・出発3:25→アイゼン着用4:05→ルンゼ取付4:45→
(これよりピッチ毎に記録)→P1融雪流れの下→P2トラバース手前→
P3草付→P4雪の地点(楽なコース)→P5雪のコル→P6イタリア人退却→
9:00P7クラックにて確保→9:15P8ルンゼ上の岩場→
P9もう一つのルンゼ(下向きの岩場で確保)→P10ルンゼの中→
P11ルンゼから出た所・梯子状→P12稜線に出る。コンティニアンス→
P13Z字クラック・強引に→P14一文字クラック・強引に→
P15コンティニアンス10m程度→P16チムニー→P17→12:00P18昼食→
P19人工登攀→P20チムニー下→P21稜線下る手前・風のない所→
P22セーター着る。雪ひどい→P23小さな壁・アブミ→
P24→16:30頂上16:50→20:40終了点→21:20小屋帰着 

行動内容

同室の登山者が騒ぎ出したので直ぐ飛び起きます。
登攀ルート別に割り振られているので、全員一斉に動き出します。
パンとスープの朝食を済ませ3:25小屋出発です。
先行パーティーのヘッドランプの灯りに導かれて堆石帯を登ります。
モアヌ氷河の末端で登攀用具を身に着け、いよいよ登攀を開始します。
この氷河は小さく通称モアヌの万年雪と呼ばれています。
氷河から岩場への移動では、先行パーティーが詰まり大分待たされました。
クーロワール中程のチムニーに各パーティーとも手間を取っているのです。
チムニーを抜けたパーティーは苦労して打ったハーケンを抜いて登ります。
これを見て私達は、
ラスト用のハンマーを持って来なかったことに気が付きました。
どうにもできず登攀は続けました。
チムニーから10m程登った地点より南稜に向かって小さなバンドをトラバースします。

これより南稜取付まで8ピッチです。
ここからルートがはっきりしません。
途中で引き返す女性パーティーやルートを尋ねてくるパーティーがいて、
結局取り付いた5パーティーのうち私達を含めた3パーティーが登攀を継続しています。
1番目のパーティーは随分と先を行っているようです。
時折、コールが聞こえますが姿は見えません。
残りのパーティーは、日本人二人で私達と相前後して登っています。

トラバースが終わり南稜ルートへ導くルンゼがあります。
15m程のルンゼが終わり階段状のクラックを登ると、12P目で稜線に出ることができました。
いよいよ南稜の登攀です。

岩の感触は本での知識や人から聞いていたこととそう変わりません。
チムニー、クラック、フェイス、稜と短いピッチでルートが延びています。
緊張は長くは続きません。
岩を楽しむ時間が間々に入って来ます。
クラックはその形状からZ字クラック、一文字クラックと呼んで記録を執ります。

ルートは全体として西側メール・ド・グラス氷河側の方に取られています。
チムニーを抜け稜に出て、一旦東側モアヌ氷河に降りてトラバースしクラックを登ると、再び稜に出ました。
テーブル状の岩で食事には都合のいい所があり昼食にしました。
昼からルートは再び西側に移り、

廊下状のテラスを進むと1.5mの空間を置いて行き止まりとなります。
この空間の通過にはちょっと困りましたが、アブミを使いフェイスを登り、カンテ気味の所からチムニーに入ります。
チョックスットンのあるチムニーで、荷物は置いて登りました。
再び稜に出た頃、雪がチラつき始めます。
視界の利かない登攀に、気温も下がりセーターを着ました。

アイスハーケンを打とうとするMは、不安定な姿勢で作業をします。
ハーケンを落としカランと一回音を立てますが、
後は深い霧の中へと音も無く消えて行きました。
トラバース気味に廻り込んで大きなクラックに入ると、
雪は更に酷くなりMの姿が消えるときがあります。
中間テラスでIを上げます。
ハーケンが抜けません。
Mからハンマーを中継してIに渡しますが驚いたことに
このハーケン、上に引っ張ったら直ぐ抜けました。
いよいよ小さな壁(V上)に出ました。
ガイドブックに載っている難しい壁です。
もう頂上は近い。高度計は3,400m前後を示しています。
霧が晴れれば頂上も見えるのでしょうが、
今は積み重ねた岩の連続が見えるだけです。
まだかまだかと思いつつ稜を廻り込むと、モアヌ山頂でした。
13時間の登攀のうえ勝ち取った頂上には、何にもありません。
360度にわたる展望も、山頂の印も、登山者が居た気配も、
ただ、これ以上高い所がないということが、
山頂であることを教えてくれました。

問題はこれからです。
ルートを知らない私達には、
先ほどの降雪でトレースが消えたルートを下るのは有る程度のカケでした。
霧だけでも晴れてくれればと思いますが、期待できないことでした。
お互い何にも言いません。
頂上に達した満足感と不安が入り混じる中、
記念写真を撮り合って南にルートを確認し下山を始めました。
階段状の岩場、どこでもルートが取れます。
このことがかえって私達を神経質にさせます。
何度か後戻りをします。

グーグルアースより
グーグルアースより

少し遅れるIを待ちながらルートを考えます。
ザイル一本しかなく、気になります。
何となくルートがあるような気がします。
私達は殆ど一直線に下っています。
もう周囲も暗くなりました。
Mはどんどん先行し、私がIを待っている。
こんなパターンで、どんどん高度を下げます。
方向として間違ってないことは確かですが、どこをどう下っているのか見当がつきません。
ただ弱点を見つけて下っている状態です。
しかし、私達はとうとうフリーでは下れない所にやって来ました。
一瞬どうなるかと思ったが、
「下は氷河だ!」のMの言葉に一安心しました。
左に3∼4m行くと、直ぐ下はもう氷河です。
飛び降りれそうな気持ちに駆られますが、そうは行きません。
余り利いていないハーケンを支点に
アップザイレンして三人共、氷河に立ったのはもう20時を廻っていました。
疲れ果てて小屋に戻った私達は、小屋の管理室の戸を静かに叩きました。
おばさんが出てきました。
今、モアヌから下って来たと言うとびっくりしたようですが、
直ぐ私達を部屋に案内してくれました。
何をする元気もなくベットに潜り込んで、
今日の長い一日も幕となりました。

クーベルクル小屋

次回はモンブラン一般ルートを投稿予定です。



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