生きて何ができるか

生きて何ができるかって

そりゃ君の知ったこっちゃないだろう

たとえ僕の未来が見透かされてても

一通りの未来しかない世界ではないだろうし

多元的に考えてみたら

それはキリがないことだろう。

しかし、レールすらない未来に

生きる道を見出せと神は言う

それほど酷なことはないだろうと

溜息をついた坑夫は

今日も銀河鉄道の夢を見る

成したくても為せない未来

書き換えたくても描けない時代

あと一歩に、踏み込めない世界

日々の憂鬱を運ぶ列車は

今日も誰かの悲しみを乗せている。

おそらく有耶無耶な意識で

自堕落に続く日常を切り出せない

自分に対しての感情である。

しかし、誰もが決別できない感情だ

そもそも生き甲斐や、やり甲斐など

理由を求める方が不自然だ。

全ての仕事は、金を稼ぐため

生きるためと、それだけで理由がつく。

それに加算して、無駄な装飾を

つけたがる社会に嫌気がさす。

やりたいことなんてあったら

こんな場所にいない。

もっと華やかな世界にいたい。

しかしそこは大半の凡人が

存在できないところだ。

僕は例に漏れず、立派な"凡人"である。

忸怩たる想いに踏み潰されながら

今日も回送列車を見送る羽目になった。

果たして、今の社会の在り方が正しいのか

間違っていたとしたらどこで正すべきなのか

正そうとしても結局は

自分がどれほど無力かを

痛感されるだけであり

新しい日々など待ってやしないのである。

この先、痛みに慣れて

灰色の世界があと数十年も続くのかと

人並みの絶望を繰り返して

強くなるしかないのである。

憤りを感じるのは若いからであり

ある程度慣れると、何も感じなくなる。

涙も流れず、イラつきもしない。

坑夫が乗れなかった銀河鉄道は

乗客がいなくなり、失墜したらしい

世の中は欠陥でしかない。

夢は叶うものではなく、そこにあるもので

所詮、努力しても追い求める限りは

手から離れるものである。

苦労した努力は実らない。

悲しいが、これが現実である。

私たちは、どうやって生きればいいのか。

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