ポチれメロス
メロスは激怒した。
必ず、かの予約瞬殺の同人ゲームを獲得せねばならぬと決意した。
メロスには棚の空き具合がわからぬ。
メロスは地方のボドゲ民である。
葦を取り、羊を増やして勝利点を獲得してきた。
けれども話題作の同人ボドゲ在庫に対しては人一倍に敏感であった。
きょう未明メロスは家を出発し、野を越え山越え、十里離れた此の東京ビッグサイトのゲームマーケットにやってきた。
メロスには棚の空きスペースも、ボドゲを崩す時間も無い。
だが、メロスには竹馬の友があった。
セリヌンティウスである。
今は此のゲームマーケットで、同人ブースを出展している。
その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちにメロスは、あたりの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。
もう既に正午近く、先着争いの喧騒も落ち着き、人混みもこなれてくるのは当たり前だが、けれども、なんだか、そのせいばかりでは無く、セリヌンティウスのブース方面が、やけに寂しい。
のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。
道で逢った若い衆を捕まえて、何かあったのか、まえに来たときは、試遊卓も賑やかだった筈だが、と質問した。
若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて老爺に逢い、今度はもっと、語勢を強くして質問した。
老爺は答えなかった。
メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。
老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「セリヌンティウスの新作は売り切れました。」
「なんだと。やつはたくさん在庫を用意したのか」
「あまり売れないからと50部ほど……」
聞いて、メロスは激怒した。
「呆れたやつだ。生かして置けぬ。」
メロスは、単純な男であった。
回収した予約品を、背負ったままで、のそのそセリヌンティウスの元へ歩いていった。
「セリヌンティウス。」
メロスは目に涙を浮かべて言った。
「私の分を出してくれ。」
セリヌンティウスは全てを察した様子で頷き、会場いっぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。
殴ってから優しく微笑み、「メロス、予約戦争に負けたお前の在庫なんて、存在しないんだ。そもそもお前は遊ぶ友達もいないじゃないか。ポチって戦利品とか言って写真撮って積むだけのお前より、ちゃんと遊んでくれる人に渡って良かったよ」
メロスは何も殴ることはないじゃないかと思いながら言った。
「欠品補充用の在庫が残ってるだろう。友達価格で安く購入させてくれ。」
セリヌンティウスは顔をあからめて言った。
「友達価格というのは、定価に今までの感謝の気持ちを上乗せして払うことを言うのだ。お前のはただの善意強盗だ。大人しく店舗委託分をポチれ。」
勇者は、ひどく赤面した。
【ポチれメロス 完】
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