見出し画像

『  営巣  』


大切な人が出来た時に自我を削る傾向にある人は、その大切な誰かを入れる為の空間を自分の中で作っているのかもしれない。その人用の、その人が帰る為だけの場所。相手の為のようで、自分の為の自己犠牲。その人が自分から離れられなくなるように凡ゆる工夫を凝らして、巣を作る。


見捨てられれば、意味もなくぽっかり空いた巣穴が冷たい風に吹かれては空虚な音を鳴らすだけ。「ぴーぴー」と音が鳴って頭の中で反響しては、餌を心待ちにしている雛鳥のように聞こえる。「帰って来て、足りないよ」といくら泣き叫んだところで、帰巣本能を擽り切れなかった自分の落ち度。


心に巣を作った者同士巡り会うこともある。完全に分かりあうことは出来なくても互いの巣穴を、作り上げる為に重ねた努力を、認め合うことは出来る。ただ、愛し合うのは至極難しい。仮に片方がその人の為の巣に作り変えたところで、目の前に見える巣は出会ったあの頃のまま変わらない。


僕の為に巣を作ってくれる人は、この世には居ないということを知る。相手の為にスを作って、取り繕って、そればかり上手くなる。気付けば穴だらけ。春が訪れて鳥達が生き生きと飛び交うなか、僕は心の何処かで寒さを拭えないまま歩みを続ける。冬のまま、春が訪れない。一季一憂の毎日。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?