【文フリ大阪12】やどかりの白昼夢【う-04】
売り場情報
2024年09月08日(日)開催の文フリ大阪に参加します。
正直一冊も売れる気はしていませんが、一応宣伝します。
場所は天満橋OMMビル2Fです。スペースはここです。
ウェブカタログ↓
https://c.bunfree.net/c/osaka12/36905
名刺はテイクフリーなので、名刺だけでも貰いに来てください。
あと横のスペースに大学時代の先輩が出店しているので、そちらも見て下さい。
それからこれは大切なことなのですが、このnote見たよとお伝えいただいたら100円値引きいたします。
試し読み
❕プロローグのみ掲載します。全部読みたいと思ったらぜひご購入ください。
プロローグ
一通の手紙が家に届いた。両親はこの手紙の存在を知らない。
普段郵便受けを確認する習慣は無いが、なぜだか今日は引き寄せられるように郵便受けへと手が伸びた。
封筒には差出人として、中学一年生の頃……五年前に亡くなった祖父の名前である「宮(みや) 一郎(いちろう)」と記してあった。毎年欠かすことなく渡してくれたお年玉の袋に書いてあった文字は達筆で、この便箋の文字も達筆だ。間違いなく本人が書いたものだろう。
幼稚園児の私宛に「宮(みや) 紬(つむぎ)様」と書いたお年玉袋をくれた祖父。今思うと少々シュールな光景だ。懐かしくて口元が綻ぶ。
私は手紙を開封せず、封筒を上から、下から、横から眺めてみる。新しい物好きの祖父らしく、洒落た型押しが施された分厚いコットン素材の封筒はデパートにでも売っていそうな出で立ちだ。封には熟れた蜜柑色のシーリングスタンプが押されている。なんだか素敵なものが入っていそうだ。
しかし自室に持ち込んだはいいものの、これが誰宛てのものかわからない。宛名が無いのだ。
相続の関係? 息子である父への手紙? 遺言? 告白文? それとも、孫の私への手紙?
自分で言うのも気が引けるが、祖父は私を溺愛していた。死期を悟って先の私へ手紙を綴り、遺していてもおかしくはないほどに。
開けてもいいだろうか。
両親に確認もしないまま、私はシーリングスタンプを剥がして、中身を取り出した。便箋は一枚だった。
「 舟の上 私の朝に望月はない
思い出の中 桜並木が手を振り
湖の下 いつの日にか君は眠らん 」
便箋に書かれていたのはこれだけ。私は座っていたベッドにそのまま倒れこんだ。なんだか少し拍子抜けしてしまった。
というのも、芸術が趣味だった祖父の作品のひとつか、と合点がいったからだ。これは詩だろうか。
この文の意味は理解できなかったが、とにかく手紙でも重要な書面でもないことも確かになった。
それにしても、この「君」とは誰のことなんだろうか。架空の人物か、実在する人物か。
上等そうな便箋に書かれた美しい文字を何度も目で追ったが、そのうち興味も失せ、この手紙の処遇について考え始めた。
勝手に手紙の封を開けたことが父親や母親にバレたらきつく咎められるだろう。重要書類でもないのだから、これは隠した方が良い。
誰も家にいないタイミングで祖父の遺品がまとめられた引き出しに放り込むか、このまま私のものにするか。捨てるのは大変に気が引ける。
私のものにする場合は隠し場所を工夫しなければならない。この家には無遠慮な母がいるからだ。
この間も美大のパンフレットを部屋から見つけて怒鳴っていた。美術部の先生に勧められて興味が湧いたけれど、自分で進路を選ぶことなんて母が許すはずない。
ああ、窮屈な家だ。
とりあえず、枕の下にでも隠しておこう。
「何時まで寝てるのよ!」
母がバン! と扉を殴りつける音がする。時計は十九時五分を指していた。
やり場のない苛立ちに深い溜息が出る。たとえ苛立っても人や物に当たって発散するような人間……母みたいな人間になってはいけない。
部屋の外から母のヒステリーの音が聞こえる。乱暴な動作、近所迷惑な金切り声。心臓が嫌な動き方をしている。今日はなにが原因だろうか。気圧か、仕事か、父か。
「ごめんごめん、なにかやることあるかな」
嫌がる心を引き摺って、へらへらと笑いながら私は部屋から出る。なぜなら、そうしないとこの近所迷惑が終わらないからだ。
「なんなの、これは!」
母はリビングにある棚を何度も蹴りながら大声で私に聞いた。ええと、どれだろう。部屋を見回す。シンクに使った後のコップ二つと母が昼食をとるのに使ったパスタ皿とフォークが残っていた。これのことだろうか。
「疲れて! 帰って! 来てるんだから! これぐらい洗っといてよ!」
怒鳴るリズムに合わせて母は棚をより強く蹴る。棚の上の固定電話が揺れ、受話器がカタカタと揺れている。
今日は元気がいいなあ、なんて現実逃避と、言葉にならない鬱屈が心の中で対流現象を起こしている。感情の波を喉に感じる。これはよくない兆候だ。
「ごめんなさい」
私はシンクに向かってスポンジを手に取ろうとするが、母に強く肩を引かれて突き飛ばされた。
「もうやっていらないから! 自分のことはこれから自分ですれば!?」
視覚、聴覚に次いで触覚も母の怒りの支配下に入ってしまった。母のヒステリーが私の中に入ってくる。
理不尽じゃないか。お前が使った食器がほとんどだろ。
ああ、現実逃避もいよいよできなくなってきた。自室に戻ってもヒステリーは続くだろう。ああ、ここから逃げ出したい。
「役立たず! この家から出て行ってよ!」
出て行ってよ、出て行ってよ、出て行ってよ……。
普通ならショックを受けるところなのだろうが、なんて甘美な響き。これは千載一遇のチャンスじゃないか?
本気じゃないのはわかっている。出て行けば更にうるさくなるのは火を見るより明らかだ。運動部顧問のやる気がないなら帰れ! と同じで、真に受けるような言葉じゃない。
でも、真に受けたふりをして出ていくなら今しかない。
出て行って欲しいと言われて出て行った娘と、ヒステリーを起こして家から娘を追い出した母。周りの大人はどちらの肩を持つだろうか。
高校生の女の子の家出にはそれなりに危険が伴うのは承知の上だ。むしろ攫われて死んだっていいとすら思える。
私は意気揚々と家出の準備をした。といってもお小遣い全部とハンカチと携帯電話を鞄に詰め、後は見つかつてもいいから捕まらないように全速力で家を飛び出すだけ。
夜でも歩きやすいように制服から私服へ着替えた。黒のタートルネックに白い綿のズボンというごく一般的な服装だ。体が冷えないように青色のカーディガンも羽織る。夕寝でぼさぼさになった髪は三つ編みにした。
父はどうせ今日も遅くに帰ってくる。鉢合わせる心配はない。鉢合わせたとしても、家出を止められることはないだろう。
父が家に帰って来ないのは、母の癇癪が娘から自分へと飛び火しないように逃げているからだ。その証拠に、母が外泊や飲み会の日には早々に帰ってきてリビングでのんびりとテレビを見ている。彼の言う残業なんて本当は存在していないのだ。
たまに早く帰ってくることもあるが、私が執拗に怒鳴られている姿を横目に自室へ籠る。父にとって私は透明人間だ。
癇癪の途中で中座したからか、いっそう激しくなった金切り声が聞こえてくる。母の激情から私を庇ってくれる人間なんていない。いつもであれば気が滅入るところだが、今日はなんだか滑稽に思えた。
忍び足で家の鍵を鍵入れから取り出し、音が鳴らないように鍵を開け、ドアの隙間に体を滑り込ませる。気付かれたかはわからない。祖父からの手紙を握りしめ、夢中で走って家から逃げた。
封筒には差出元の住所が書いてあった。そこは生前に祖父が住んでいた所ではなかった。パソコンを使ってその場所を検索してみると、大きな湖の側にある寂れた町だということがわかった。
適当な住所を書いたのかもしれない。でも、そこにはなにかがあるかもしれない。
祖父が実は生きている……とか。いや、それはないだろう。棺に入った冷たい祖父の頬を触った記憶が蘇る。
祖父を知る人物がいるのか、ただの更地があるのか。
踏切の音が聞こえる。夜の町、目を刺す電車のライト。非日常のコントラストの境目。
乗り逃がせば次の電車は多分二十分ほど後だ。私は急ぎ、どこか祈るような気持ちで電車に飛び乗った。
主要駅のロータリーで夜行バスのチケットを買って、手紙の住所を目指す。
携帯電話には母からの着信がひっきりなしに届くので、煩わしくて電源を落とした。
大量に連絡を寄越してくる母とは対照的に、とうに帰宅しているはずの父からの連絡は一件もなかった。やはり私に対する興味を持っていないのだろう。
途中のパーキングエリアで「一人でどこにいくの?」と親切そうなおばさんに声をかけられたが、「祖父が亡くなってしまって」と咄嗟に答えたらそれ以上深く追及されることはなかった。
嘘を吐いたわけではない。五年前に祖父は亡くなっている。
揺れる窓に頭を預けて、高速道路を流れるオレンジの道路照明灯を眺める。
母はいつからああなったんだっけ。幼稚園の頃にはヒステリーは起こしていなかった気がする。小学校低学年の頃にはもうおかしかったか。新一年生の頃、転んで真新しいランドセルに大きな傷をつけたとき、半日は怒鳴られ続けたな。
若い頃の祖母によく似た容姿をよく蔑まれた。黒髪が癖毛、一重の瞼。容姿は母に似ず、父方からの遺伝を強く受け継いだ。祖父は私が祖母に似るにつれ私を可愛がったが、母は虐待に走るようになった。
母は祖父や祖母を毛嫌いしていた。会いに行くことを嫌がるから滅多に祖父の顔を見ることはできなかった。亡くなる前にもっと祖父に会いたかった。
朝方、辿り着いた場所は荒れた庭の中にある洋風の小さな時計台。建物の周りには背の高い雑草が生い茂っていて人が住んでいるようには見えない。
民家の群れから少し離れた位置の高台に時計台がぽつんとあった。白塗りの壁は雨風で汚れ、ところどころ塗装が剝がれている。屋根は白く、時計はもう動いていないようだ。
更地ではないが、人もいない。可能性としては十分にあり得るのに、想像していなかったパターンだ。
無駄足は嫌だったから、建物の周りを観察してみる。雑草の隙間にはポストがあって、よく見てみると小さく「MIYA」の文字があった。宮。私とおじいちゃんの苗字。
やはりこの時計台はおじいちゃんの持ち物か。こんなところに建物を持ってるなんて、今まで聞いたことがなかった。
身内なんだから不法侵入にはならないよね。
時計台の扉を開く。ぎい、と軋んだ音がした。
「お邪魔します」
埃の香りがする建物の中は古いながらも手入れがされていて、画廊のように改装されていた。入口から様子を覗った限り家具の類は殆どなく、背の無い木製の椅子が二脚のみ。生活感がまるでない。
窓には薄いレースのカーテンが引かれているのみで、入口のドアを閉めても最低限度の明るさは確保できている。
がらんとした室内にはイーゼルに乗せられ、黒い布で覆われたたキャンバスが五枚、入口から背を向けた状態で配置されていて、なんとも異様な雰囲気を醸し出していた。
入口に近い一枚の前に回り込むと「第一夜 愛しの家族へ」と書かれた金属製のプレートが付けられていた。布を捲る。顔に目立つ傷のある男性が、鏡の中の自分を見つめる油絵だ。鏡の中の男性の顔には傷が無い。
鏡の中の男性には泣き黒子があって、柔和そうな印象を受けた。暗い背景の中に佇む男性の白い肌に当たる光の描写が綺麗だと思った。
見れば見るほどおじいちゃんの絵のタッチだと思った。
「夏目漱石の夢十夜がモチーフなんだって」
キャンバスに触れようと手を伸ばすと、どこからともなく少女の声が聞こえてくる。
ぎょっとして振り返るも、時計台の中には誰もいない。もう一度絵の方へ目をやると、イーゼルの下に一匹の白いやどかりがいた。さっきはいなかったのに。どこから入り込んだのだろう。
「どうもこんにちは」
その声と共にやどかりは鋏のような形の腕を小さく振る。
私は小さなやどかりを凝視する。やどかりは動くことなく私と見つめあっている。
誰かがどこかから声を当てているのだ。そう思って周囲を見回したもの、人がいる気配は一切ない。
なにより、甲殻類が自ら人間に向かって手を振り見つめあうなどという挙動を取るはずがない。
信じがたいことに、声の主は本人が自称する通りやどかりのようだった。
「あら。あなた見たことのある顔をしているわね」
驚きのあまりうまく声が出ない私に向かってやどかりは喋り続ける。
なんとなく眩暈がして目を瞑る。瞼の裏側が徐々に白み、やがて意識が遠のいて……。
続きは本で見てね。
入稿後にデータミスに気が付いたけれど、以前個人用で刷った本をあげた人が誰も教えてくれなかったから、たぶんこの本誰も読んでいない。悲しい。
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