処女懐胎
男が「本はどこだ」と言いながらきょとんとする受付の同僚を撃ち殺して図書館に入ってきた時、私はピンときた。
最近中世史の学者とやらが研究したあの本だ。馬鹿な学者はわかりやすく金持ちになり事故で死んだ。
ことの裏を素早く嗅ぎ付けしかも本気にする奴がいることにぞっとしながら、私も本の許へ走り「あなたを奴から守らなきゃ」なんて口走ったのだからパニックというより本の力を信じていたのかも知れない。
そして私はクリスタルの人間になった。服もアクセもまるごと。透明で固く、ガラスのコップと同じでちゃんと見える。
例の本が私の子宮のあたりに納まっている。なにこれ?
呆然としたまま私は撃たれた。
傷もつかなかった。どんなに撃たれても。
気づけば私は剣に変わった右手でそいつを殺していた。
直後、足の間をどろりと何かが下る感覚。
本?
いやまだ本は子宮にある。
どろりが落ちた場所には老婆が蹲っていた。
「お前はあたしを読み飛ばしてろくに考えもせず本に願った。本文は今まで頼まれたこともない願いを珍しがってどういう訳だかお前をこうした。お前もお前なら本文も本文だ。いくら何でも無茶苦茶さ。だから無理やり出てきた。
お前、前書きを読み飛ばしたろ?」
あれは願ったことになるのだろうか…
図書館を愛していただけだ。分からない。
「私を元に戻して」
身を切るような切実な願いを老婆は宜わない。
死に満ちた部屋で警察を呼ぶかと老婆に問われ、私も殺人者だということに今気づき、途方に暮れる。
結局老婆と一緒に図書館を出た。透明な体、本の広告塔もどきで薄暗い路地を歩く。
やがて車が行き交う大きな通りにぶつかる。歩道から小さな影。
「駄目!」という間もなく子猫は車道に飛び出し、私は目を固くつぶった。
お腹に今までにない温もりを感じ、恐る恐る目を開ける。
透明な体内に本と…轢かれたはずの子猫!
子猫を追ってきたらしい少年が立ちすくんだ。
「猫、返して…」
その声は震えている。
【続く】799字
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