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努力無用|2021.09.10

「努力をしなさい」
ちいさな頃からこの魔法の言葉で背中を押されてきたし、この魔法の言葉が人生のレールを敷いてきた。当時は疑問も感じなかったけれど「何のために?」というのが完全に欠落していた。それが故に努力というのは「辛いけどやらなくてはならないこと」という印象が強い。俺の場合。
大学生のときに初めてパソコンを作った。当時プレイしていたオンラインゲームで勝ちたかった。ただそれだけのためにインターネットの速度を上げる知識を重ね、パソコンのスペックを上げるための知識を積みに積んだ。周りからは「凄い努力するなー」と言われたけども俺はこれを努力という位置づけだとは思っていない。ゲームで勝つための手段でしかない。なのでそれが面倒だとか大変だとかいう気持ちは一切なかった。
閑話休題。
俺は努力が好きではない。むしろ嫌いだ。努力しないでいいに越したことはない。やりたいことが努力なしにできる、目的が叶うのだからこんな良いことはない。努力することが美談のように語られることもあるけどもその先だ。そこがまさにスタート地点だ。
『努力』
もう少しポジティブなネーミングを考えて欲しいくらいだ。

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