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2002年5月12日(日曜日)

二度寝三度寝を繰り返し、昼前まで眠っていた。さらに起きてすぐに昼食が運ばれて来た。寝起きの状態での昼食。もはや味なんて分からなかった。

昼食後、脳が小休止を始める。何も考えていないようで何かを考えている。俺は急に過去を思い返していた。手術目前のことだ。少しずつ確実に死に向かって行くあの感じ。徐々に指も足も動かなくなり言葉も発せなくなった。目の前の今見ているすべてが現実なのか判断がつかなくなっていく。けども音だけははっきりと聞こえる。そのとき俺は横っ腹にチューブを突き刺していたのだけど、肺付近で血管が切れていたらしく大量に出血していた。そのチューブを流れるドクドクという血の流れる音。信じたくないリアルがそこにはあった。

今日も何もすることがない。とりあえず歩いてみようとベッドを降りる。部屋を出ると左に曲がり直進。右手にナースステーション。左手にエレベータと階段。俺はふらふらとエレベータに乗り1階まで降りる。そこには誰もいないし、ところどころ電気も消えている。日曜の昼下がり。その異様な光景は俺を楽しませた。次に新館に行ってみる。新館には総合受付と会計が1階にある2階3階もあるようだけど、そこに何があるかは知らない。新館は旧館よりもさらに静かで自販機の音だけが聞こえている。俺はさらに楽しくなり椅子に座ってみた。受付はシャッターのようなものが下りている。もしかしたら自分の名前が呼ばれるかもしれないのでしばらくそこに座っていた。だけども、いつまで経っても俺の名前が呼ばれることはなかった。そろそろ部屋に戻ろうと思い、来た道を引き返した。今度はエレベータを使わずに階段で3階まで上がった。

ヘッドに上がると本を開いたり閉じたり、テレビを点けたり消したり、無意味なことばかりをした。そのすべてが退屈だ。これならまだ受付で名前の呼ばれるのを待っていた方が良かった。確かにあの空間には俺しかいなかったけども、もしかしたら呼ばれていたかもしれない。そういうことを信じている俺の姿が情けなく、そのすべてが楽しかったのだ。けれども、俺は部屋に戻って来てしまったし、それを確かめる機会を永遠に失ってしまった。このまま消灯まで時間を無駄に費やすだけなのだろう。いや、俺は24年間をずっと無駄に費やしてきたのかもしれない。

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