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『出自』を知る権利の検討会について


『こうのとりのゆりかご』が開設当初から抱え続けてきた重い課題は、預け入れられた子どもの出自を知る権利の保障について。ゆりかごは匿名でも預け入れできるという施設の性格上、解決されることなく現在に至っています。
そんな中、先日は『出自を知る権利に関する検討会』が慈恵病院と熊本市で共同設置されることが発表されました。

https://kumanichi.com/articles/1062689

●『出自』は誰のもの?

唐突ですが、あなたは自分の『出自』に疑いを持ったことがありますか?
これまで私は、育ててくれた両親の子であることを疑ったことはなく、もちろんDNA鑑定などで調べようと思ったこともありません。ところが、ある人からこんな話を聞きました。

その人も私と同様に、両親を実親と信じて疑うこともなかったそうですが、高校生の頃に「現在の母親は実父の後妻であり、実母は自分を産んですぐに亡くなったこと」を知り、強いショックを受けたとのこと。それまで母親に対しては何の不満もなく、真実を知らされた後も関係性が悪くなったわけではないものの、心の動揺が落ち着くまでにはかなりの期間を要したと、当事者にしかわからない複雑な感情を語ってくれました。

「『出自』とは、普段から意識することはなくても、アイデンティティ(自己同一性)そのものである」ということは、論をまたないのかもしれません。

●真実告知

施設や里親のもとで育つ子どもたちは、死別だけでなく何らかの理由で実親が育てられない状況にあるからこそ、『出自』に対しては特に敏感なのかもしれません。先日、里親制度の普及や里親たちの支援に取り組む『NPO法人 優里の会』の設立10周年記念のシンポジウムに参加して、ある里親が里子の『出自』に関する真実告知についての体験談を聞きました。

そのご夫婦は、長期にわたる不妊治療に疲れ、話し合って養子縁組を前提とした里親になることを決意。マッチングの期間を経てその子が1歳の頃に里親となり、現在は2人目の里子も迎えられています。一人目の子が2歳になる頃から、どこまで理解しているかはわからないけれど、「あなたには私たちとは別に産んでくれた人がいる。その人のおかげで今私たちは一緒に暮らすことができている」そういつも話しているとのこと。真実を告げるか否か、そのタイミングで悩む人たちも少なくなく、ご夫婦の話は理想の姿のように思えました。

●ゆりかごが抱え続けてきた課題

冒頭でも触れたように、慈恵病院で取り組まれている『こうのとりのゆりかご』や『内密出産』は、子どもの『出自』の扱いが大きな課題になっています。匿名でも預け入れのできるゆりかごは、棄児と同様に『出自』自体がわからなくなるケースも少なくありません。『命を救う最後の砦』としてのゆりかごの抱える重要な課題でもありました。

そんな中、『出自』を知る権利が守られることを期待され、ドイツなどで先進的に取り組まれてきたのが『内密出産』という制度。ゆりかごと同様に3年ほど前から慈恵病院が独自に取り組みを始めています。実際に『内密出産』がスタートし、国がそのガイドラインを示したものの、一定期間秘密とされる出自に関する情報の取り扱いは開示のタイミングも含めて全て病院側に委ねられていて、ドイツなどのように制度として成り立っているとはとてもいえません。

●急ぐべきは

そしてこの度、慈恵病院と熊本市が共同で「出自を知る権利に関する検討会」を設置することが発表されました。真実告知のあり方に加えて、出自に関する情報の範囲と開示の手続き、保管方法についての議論を始めるとのこと。熊本市児童相談所の実態調査で、ゆりかごに預けられたことを告知したのは約2割にとどまっていることが検討会設置のきっかけにもなりました。

真実告知については簡単に結論の出るものではなく、定型化できるようなものでもありません。また女性の権利との兼ね合いもあります。『内密出産』が既に始まっている現状では、まずはその人のアイデンティティにも関わる大事な情報が公的にしっかりと守られ、本人が知りたいと思ったときに申し出ることのできる、そんな環境整備を急ぐべきだと思います。

ゆりかご開設から17年目に入り、抱え続けてきた大きな課題が解決に向けて動き出すのか、それとも……。
いずれにせよ重要な局面を迎えています。

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