えでくと

やりたいことがあるならばとりあえずやってみればいいのです。

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ワンフレーズ

「死臭がする」  深夜の二時過ぎ、交差点で信号待ちをしていた時だった。唐突に声をかけてきたのは白いフードをかぶった小柄な少女だった。人も車も通らない信号機の前で、歩行者信号が赤だからとぼんやりと突っ立っていただけである。最近死体と触れ合ったような記憶もない。そんな特殊な状況が頻発するようなファンタジーの存在ではない。しがない大学生なのだ。というか、そもそも俺に話しかけているのだろうか。  とりあえず無視することにする。幽霊には反応を返さない方がいいと友人が言っていたのをふと思

    • 同窓

       「久しぶり」と、誰かが言った。「久しぶり」と、わたしは応じた。  「ところで」と、誰かが言った。「どうした」と、わたしは応じた。  「何年ぶりだろうか」と、誰かが言った。「何年ぶりだろうね」とわたしは応じた。  それからいくつか言葉を交わして、誰かは去った。あの人のフルネームはなんだったか、少し酔いの回った頭で考えていると、別の誰かがやってきて「久しぶり」と言う。わたしはその言葉に笑顔で応じる。  何度も何度も繰り返される問答に辟易していた。どいつもこいつも言っていること

      • 張りぼて

         八月の終わり、十代の自殺者が多くなるらしい。自殺というのだから、死んでしまうということだ。  死を考えることは簡単なのだろうなあと思う。誰もが簡単に想像できて、誰もが簡単に踏み出せない。けれどそれは身近に常にある。自らが一歩踏み出すことで手に入れることのできる最強の切り札。  選択を、肯定するわけでも否定するわけでもない。死は誰もが持っている。生を持っているならば尚更だ。  「生あるものはいつか死ぬ」「かたちあるもの、いつか壊れる」よくある言葉たち。ありふれて、使い古され

        • 帰路

          「お客さん、この辺の人じゃないでしょう」  蛇頭のマスターが赤い舌をちろちろと覗かせた。手元のカップがソーサーに触れて小さく音を立てる。  「ええ、まあ」と相づちを返せば、マスターは瞳孔をきりりと絞って口をがぱりと大きく開けた。うっすら黄色の牙がゆっくりと動いている。背中にぎゅっと力が入る。その大きな口でひと呑みにされるのではないかと全身が恐怖している。 「そうですよね」  マスターは、かか、と笑う。笑っているのだとわかってはいても、条件反射というのは身を護るために機能してし

          蝉時雨

          お盆は父の実家に行く。毎年のことだ。 ぼくと同じ名字が刻まれているお墓に、父が水をかけている。祖母が言うにはご先祖様のお墓らしいけれど、ぼくにとってのそれはただの大きな石だった。 祖父が亡くなったのは今年の二月だった。とびきり冷え込んだ日の朝のことで、祖母が気がついたときにはもう冷たくなっていたらしい。そういえば、お葬式でお墓の中に骨壷をしまっているのを見た。祖父も、ご先祖様なのだろうか。 冷たくなったり、ご先祖様だったり、なんとなくわかるけれど、いまいち実感がわいてこない

          長袖

          はじめての旅行は三年前の夏だった。 「夏は暑いから、北の方がいい」 旅行パンフレットを見比べながら、そう提案したのはぼくだったか、彼女だったか。 幾度か話し合った後、行き先は青森に決めた。「十和田湖を見に行きたい」というぼくの意見が採用された結果だ。 八月の終わり、降り立った青森は、ぴんと張りのある空気をしていた。心地良い、冷たい風が吹いていた。 十和田湖に向かう日、いつもより少しだけ早起きをした。北国の朝はいっそ肌寒いくらいで、ぼくは用意していた長袖シャツを着た。彼女も