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もう半年くらい前の話なんですが、自分の印象に強く残っている出来事なので書いておきます。

新宿バッシュでお笑いライブが終わって、遅めのライブでそのとき22時過ぎだったはずです。楽屋で他の出演者と話していたら、ある芸人が「○○の地下には悪のワクチン工場が存在するらしい」と言い出しました。
そのまま言うと有害なデマを僕が媒介することになってしまうので伏せますが、〇〇には国名が入ります。あと何のワクチンなのかは言いません。ワクチンと称した毒薬が某国の地下工場で作られているという、いわゆる陰謀論と呼ばれるものです。

彼自身も陰謀論者であると公言しているようなので、それをどこまで本気で信じているのか分かりませんが、その話をどこで仕入れたのか聞くと、YouTubeで見たとのことでした。誰のYouTubeなのか聞くと「沖縄にいる、本当のことしか言わない人」の動画とのことでした。

真面目に解説するほどのことではないと思いますが、これは論点先取と呼ばれる詭弁術で、簡単に言うと勝手な前提を設定してから話を進めるやり方です。この場合は「本当のことしか言わない人が言ってるから、これは本当のことだ」と証明したふりをしています。すごい話です。

普段周りにそんな話をする人がいないからか、なんか妙にアツい雰囲気になり、彼の周りに他の芸人も集まりはじめました。なんとなく自分が輪から外れた感じになって、トイレに行きたかったので一度楽屋を離れ、用を済ませて楽屋に戻ると、驚くことにそこにいた全芸人が彼の周りを取り囲んで、その話に夢中になっていたのです。僕がいなかった間の話をしらすが聞かせてくれたんですが、彼は「その国の地下には悪のワクチン工場だけではなく、巨人もいる」と発言したということでした。あまりに荒唐無稽な話を真剣にする彼の姿に惹きつけられ、いつのまにかその場にいた全ての芸人が彼の話に夢中になっていたのです。巨人?

巨人とは何なのかを聞くと、「宇宙人と交信する能力を持ったでかい人」とのことで、それが地下に囚われているせいで宇宙人と人類とのコンタクトが阻まれている。あと(普通の人間の)子供も捕まっているそうです。毒ワクチン工場と巨人と子供が地下にいる。別に地下じゃなくてもよくないかと思ったんですが、そこに疑問を持つ意味はないと思ったので、掘り下げたりはしませんでした。宇宙人と交信するのにでかくある必要はないのではないか、とかも思いましたが、同じ理由で聞いていません。

普段お笑いライブの楽屋でそんな話を聞くことがないのか、夜遅めの時間特有の精神性が作用したのか、いつの間にか彼を中心とした半円が作られ、昔の紙芝居屋さんみたいな、大げさに言えば「ショーの原点」のような尊さも実際ありました。世界にまたがる陰謀を夢中で語る男と、夢中で耳を傾ける聴衆。映画「首」で、キム兄が演じるおもしろ忍者が町民を集めて冗談を言い、「ワロタらお金投げてってや〜」という“お笑いのはじまり”みたいなシーンがありました。そんな熱気。

しかしライブが終わった後の時間なので、いつまでもお喋りしているわけにはいきません。スタッフの方の撤収作業もほぼ終わった雰囲気だったので、迷惑にならないうちに皆会場を後にしました。僕は自転車に乗ってまっすぐ帰宅し、ご飯作って食べたりYouTube見てたりしていたと思います。でなんとなくSNSを見てたら、なんと真夜中にその芸人が「人生初のヒトカラなう」と投稿していたのです。

彼は、自分の陰謀論がその場の全員を虜にしたという、強烈な成功体験がもたらす興奮でふつうに帰宅することができなくなってしまい、“ヒトカラオール”で行き場をなくした内なる熱を発散するしかなかったのです。想像ですが。









※これ以降は漫画「ハイキュー‼︎」89話・163話、同アニメ版シーズン2-8話・3-4話のネタバレを含みます。楽しみにしている方は読まない方がいいです。










































「ハイキュー‼︎」主人公が属する高校バレー部のチームメイトに、月島くんという選手がいます。確か高一で190㎝くらいの身長があり、肉体的な才能には恵まれていますが、背が低いもののスピードと跳躍力とガッツがすごい主人公の日向君や、中学時代から天才と呼ばれている影山君と比べると、身長以外はいまひとつ突出した武器を持っていない地味な選手です。堅実なプレーがチームに安定感はもたらしますが、バレーに対して冷めている部分があり、プロを目指すとか大会で優勝するとか、目標を持って向き合うことはせず、バレーに夢中な周囲の選手を冷やかすような発言も目立ちます。

その月島君が、他校との合同練習の際に、木兎(ぼくと)君というライバル校のエースに対し「どれだけ部活でバレーに打ち込んでも、その努力のほとんどは報われないのに、なんでそんな本気になれるんだ」みたいな質問を(おそらく)悪意や嫌味ではなく本当に理解できないこととして投げかけていました。

それに対する木兎君の返答が、マジで熱かった。
ちょっと長いので要約しつつ引用します。

木兎君は他校からも注目される選手だったため、対戦相手に研究され得意なプレーをことごとく潰される憂き目にあいました。そこで苦手だったプレーを必死で鍛えまくり、新たな武器を得てその相手を今度は完璧に叩き潰すことに成功。最高に気持ちいい…

物事に本気になれるかどうかは、プロになる見込みや優勝できる可能性などではなく、その一瞬の快感を経験したかどうかで決まる、と木兎君は言うのです。

「もしもその瞬間が来たら、それが、お前がバレーにハマる瞬間だ❗️」🔥アチー

その後月島君は、全国で3本の指に入ると言われる有名選手の弾丸のようなスパイクを完璧にブロックします。そしてそのとき、木兎君に言われた言葉を思い出し、自分が「バレーにハマった」ことを自覚するのです…

あのとき、その芸人も木兎君の言葉を思い返していたのかもしれません。1人、家で酒浸りになりながら、濁った目で見続けた陰謀系YouTubeで得た知識を、みんなの輪の中心になってまくし立てる。そのとんでもない内容に仲間たちが夢中になり、その場にいた全員が時間を忘れて聞き入っている…それが、お前が陰謀論にハマる瞬間だ❗️彼だけではなく、きっと「沖縄にいる、本当のことしか言わない人」にもその瞬間はあったのでしょう。

そんな途方もない熱を抱えたままお開きになったのですから、どうしてもそのまま帰宅する気分になれず、人生初のヒトカラオールに突入してしまったのも頷けます。

最近は卒業シーズンですし、新しい世界に飛び込む期待や不安が渦巻く時期です。そんなあなたが、これからどこで「その瞬間」を迎えるのか、とても楽しみですね!









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