最近の諸々:バストリオ、Clairo、『言霊の幸う国で』etc.(平澤あお)

私が、ここ最近に観て、読んで、聞いて印象的だったものです。

バストリオ『新しい野良犬/ニューストリートドッグ』(7/11~15上演 水性)
一言でいうなら大いなる肯定を感じた。水が/土が/日の光が/身体が/音が少し信じられないくらい瑞々しく響き、人間は勿論、この世のすべての生に尊厳があることが寿がれる。だからこそ、あらゆる差別や抑圧は絶対にあってはならないと強く思わされるし、同時に、すべてを尊重することの難しさや、目を凝らせば、そこかしこに見えてくる自他のミクロな衝突にも思索が及ぶ。間違いなく、深く切実なプロテストだったと思う。

Clairo『Charm』(7/12リリース)
10年代後半に盛り上がったベッドルームポップを代表する米SSWの3作目。これが本当に心地いい。ジャケ写の雰囲気通りに、70’sのソウルにインスパイアされたサウンド。とはいえ単なる焼き直しではなくて、とても現代的な質感になっているのがすごい。しかし、セント・ヴィンセントの前作も然り、レファレンスとしての70年代は豊かな鉱脈だと思う。

李琴峰『言霊の幸う国で』(6/27刊行)
500Pの大著だけど一気に読んでしまった。巷に流布するトランス差別言説の何が間違っているのかを的確に論理的に説き、当事者の重い苦しみをありありと伝える。ノンフィクションとフィクションの間を行く、あらゆる差別に抗する強い意志に貫かれた一作。正直、この一作に対して何らかの価値判断を下すことは、とても私にはできない。何よりも現状についての理解を深め、行動をしなければと思った。末尾の参考文献も手に取るところから始めます。

トッド・ヘインズ『メイ・ディセンバー ゆれる真実』(7/12公開)
アメリカで実際に起きたスキャンダラスな事件(13歳の少年と36歳の女性が情事に及び獄中出産に至り、出所後に結婚)がモチーフということで、善悪の揺らぎを探る系かなと思いきや、それだけではなかった。長らく平穏な生活を送っていた件の夫妻の元を、この事件の映画化に向けて主演女優が取材に尋ねるストーリーなのだが、取材者の執着っぷりが恐ろしくて背筋が凍る。私は、現実の出来事/実在の人物をモチーフに作品をつくることの危うさと暴力性についての映画として見た。ナタリー・ポートマンvsジュユリアン・ムーアの演技対決も見応え抜群。

安堂ホセ「DTOPIA」(『文藝2024秋号』掲載)
現代の『コインロッカー・ベイビーズ』だと、私は思った。二人称「おまえ」文体の構築や、鮮烈な描写の数々も見事。文中に「暴力の暴をとる」という表現があった気がするけど、社会から被った抑圧と傷を、暴力には転化せず/けれども無かったことにはせずに、どう跳ね返せるのか考えさせられる。深く重い刺さり方をしつつも、不思議と爽やかな読後感だった。

ホン・サンス『Walk Up』(6/28 公開)
言ってしまえば、いつも通りのホン・サンス作品なんだけども、今回も上質な時間の流れと、人間関係の機微をしみじみと味わった。一つの繋ぎショットが終わると時間が経過している表現方法が独特で、どこか並行世界に飛んだのかとも錯覚する感じは新鮮だった(全作品を見ているわけではないので断言はできないけど、これまでには無かった感じでは?)。モノクロ映像から滲み出る哀しさ、情けなさ、温かさ。監督本人が手がけたローファイな質感のギター音楽も効いていた。

Childish Gambino『Bando Stone and The New World』(7/19リリース)
チャイルディッシュ・ガンビーノ名義でのラストアルバム。有終の美という言葉がふさわしい一作。いろんなジャンル/サウンドが入り乱れ、とてもバラエティ豊か。粗雑なアナロジーかもしれないけど、様々なスタイルを華麗に乗りこなして、自由で柔軟だけど確固たる世界観を築くあたりに、流石は本業「俳優」の人だなと。暫定、メインストリームのラップアルバムでは、今年の私的ベストです。

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