ハンチバック ネタバレ感想

昨年芥川賞を受賞した、市川沙央さんの「ハンチバック」を遅ればせながら読了したので、感想を書きたい。
ネタバレありです。

以下、ネタバレ防止スクロール







物語は、「幼いころから病を抱える身体のせいで出産は叶わずとも、妊娠・中絶してみたい」という主人公(40代女性)の思いをきっかけに展開する。
歪んだ願望に、創作とは言え嫌悪感を示すレビューも目にした。
しかし自分は主人公の願望について、共感はともかく理解は可能なものと感じた。

主人公は通信制大学に通ってはいるものの、健常者と同じように社会とつながっていたのは、中学生のころまでである。
外出して外の世界に触れること、友人との対等な立場での交流や、社会に揉まれることなど、"人生経験"と呼ばれるものを積むことが困難であった。
経験が伴わないまま、ネットの海を漂いながら思考を先鋭化させていくと、極端な発想に辿り着くのは自然なことのように思える。
また、通信制大学の講義を受けること、紙の本で読書をすることなど、健常者が普通にこなしていることも、主人公の身体にとっては負担が大きい。
「本当の息苦しさも知らない癖に」「出版界は健常者優位主義」と健常者への妬みや憎しみを募らせながら、生命倫理について考える時、半ば世の中への復讐のような発想が生まれるのもまた自然なことかな、と思う。
障がいのある胎児を殺すことが正当化されるなら、障がい者が殺すために妊娠することも認められていいよね、という。

けっきょく物語の中で、主人公は妊娠することも中絶することもできなかった。
物語の最後で、風俗で働く女性がもう一人の語り手として登場する。
大金を用意し懇願してまで避妊なしの性交を求めたが、叶わなかった主人公と、客の方から避妊なしの性交を求められ、それに応えて近い将来妊娠するであろう女性。
その対比がとても残酷かつ美しくて、心に残った。


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