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嫌すごアウトプット~人生爆上げ導入編~


さて、本日も、魅力覚醒講座の課題図書のひとつ。
小田桐あさぎさん著書の

「嫌なこと全部やめたらすごかった」


のアウトプットを書いていこうと思う。


この本は、恋愛、結婚、仕事や育児など、女性が迎えるそれぞれの人生のフェーズにどう向き合っていくべきか?
今あさぎさんはどう向き合ってきたのか?について書かれていました!

思わず自分のことを書かれてるのか!?って思うくらいのめりこんで読めたので、わたし自身のことも織り交ぜながら、各章ごとにアウトプットしていこうと思う。

■​人生を爆アゲする方法〜実践編〜

もっと美人だったら
もっとやりがいがあるホワイト企業だったら
もっと「ちゃんと」できる自分だったら
もっと素敵な男性と出会えていれば
もっと両親がわたしを否定しなければ
もっとお金があって人並に貯蓄もあれば…


こんなないものねだりばかりして他の幸せそうな人と自分を比べていても
現実は1mmだって変わりません。


本当の「幸せな人生」は
自分を認めてくれる他者に幸せを預けるのではなく

自分を知り
自分の魅力を見つけ出し
自力で人生を幸せに生きれる勇気を持つ


これだけ。


本書には、
何事においても重要なのは、
「主体的」であること。

と書かれていますが、
これ、今わたしがまだ勤めている会社でもおおいに言えるな、と思います。


と言うのも、


いつもほんの些細なミスでも逐一責任者に報告して、物事を大きくするお局スタッフがいて、
その人の一声が天の一声。

その人の思想や行動が最もこの環境では価値があり、
責任者ですらその人の言うことを最も優先する。

他のスタッフが何かを意見してもスルー。
まずはそのお局スタッフにお伺いを立ててから。
といった、責任者としてそれもどうなの…?
といった環境なんですよね。


わたしは、結果が一緒になるのであれば、
人によってやりやすさも違うだろうし
手順とかは全く気にならないんですが、


そのお局スタッフは、
1から10まで、
自分の言った通りの手順で、
言ったとおりの作業時間で終わらなければブチギレ。

そして、その経過を逐一細かく報告しては、それに同調する責任者。

それに反したら、
シカトするし、引き継ぎもしないし、
それでいて話しかけても無視するし、引き継ぎしてないことを棚に上げて、
「なんで勝手なことすんの?」とキレてくる。


そんな人々の姿を見た他のスタッフはどう思うでしょうか。


「わたしはあんな思いしたくない」
「サンドバックにはなりたくない」

と、その脅威である人に、全ての正解を求めるようになります。

その姿を見て、そのスタッフはさらに
「自分でやろうとしない」
「学ぼうとする姿勢がない」
とさらに文句を言うのです。


こんなんじゃ、主体的に行動するなんて、まず無理ですよね。


そして結局、そのスタッフは
「わたしばっかり」
「オーバーワークだ」
「誰も信用できないから任せることができない」
と、さらにイライラを募らせていくのです。


こんな負のサイクルの中では、
主体的に自分で何かを決めようとするのはまず無理です。

引き寄せや潜在意識の書き換え界隈では、
自分の過去の傷が癒せれば、
目の前の人の態度も変わる。

とは言われていますが、
そもそも自分が今これだけ自分と向き合い、治療をしても
目の前の状況が悪化の一途を辿っているのであれば、
それはもうご本人さまたちの問題だったり、
環境に依存している問題が多いにある気がします。


他人の思想や理念までを変えることは不可能。
なので、早急に逃げる、といった選択肢もあってもいいと思うんです。



わたしの人生のモットーでもある
辛かったら逃げて良い。
これはその事例に大いに当てはまると感じている次第です。笑

■使命なんて、​趣味でいい


天才と呼ばれる人たちだって
確かに絵はうまかったかもしれないし
野球が上手いとか…

でも、この事実だけを切り取って考えれば
絵が上手い人だって
野球が上手い人だって
他にもたくさんいると思いませんか?

元々生まれ持った才能があったというよりも
誰よりもハマって打ち込み
実践を繰り返してきたからこそ
その道のトップになれた。

今いわゆる成功者、と言われている人たちって
こういった人の方が圧倒的に多いんじゃないでしょうか。


そう考えたら、
才能はスキルではなく
"好きなことにどれだけ熱中できたか?"
なのではないか?
ということ。


だからこそ、
自分は何をしている時が1番楽しいのか?
何をした時に、自分の本領が発揮できた!と感じるか
これが、自分の使命であり、魅力であることが多い。

では、その使命や魅力は、どう見つけていけばいいのか?を後述していきます。

■​才能は幼少期に隠れている

子供の頃って、善悪の判断もつかないし、
世間体や常識、周りの目を気にすることもありません。

だからこそ、
自分の本能のままに、
「これが楽しい!」をわかっているんです。

たとえば、
絵を描くのが好き!楽しい!と言った場合

まっすぐに
漫画家が向いてるね!
デザイナーなんかも向いてそう!
とはならないわけです。


その人が「なんで絵を描くのが好きなのか?」と言った部分まで深堀することで、
ここから多方面への才能を見つけることができる。


たとえば、
自分で想像して描くのが好き!なら、
もちろん漫画家やデザイナーなど、
ゼロから1を生み出す仕事が向いているのかもしれません。

しかし、
これが真似して描くのが好き!
ファンアート、模写が好き!とかであれば、
1から10を生み出すような職業が向いている。

さらに掘り下げていくと、
実は絵を描く、と言うよりも、
こんな風になったらな…と言った妄想の部分を絵にしているのであれば、
アイデアを生み出す企画業や、
シナリオライティングの方が向いてる
、ともいえます。


こんな感じで、
「好き」は1つだったとしても、
「なんで?」を深堀していくことで、可能性はどんどん広げていけるようになります。


▶︎ワーク4:自分の「好き」から才能を掘り下げよう

■10歳まで

絵を描くことが好き。
自分の好きなキャラクターを創造して、
その子を主人公にしたストーリーを考えるのが好きだった。

動物がとても好き。
というか、根暗で陰気で友人も限られた人数しかいなかったわたしは、
実家で飼っていた犬に依存・執着をしていた。

この時に、将来は動物に関わる仕事をする!と意気込み
10歳のときのタイムカプセルにも「動物の看護師さんになる」と書いていたほど。

当時は自分のお小遣いをペットのために使うのが好きで
栄養学やペットの洋服、日常ケアグッズを買うなどに熱心だった。

母も、幼少期は黙ってずっと絵を描いている子だった。と言っている。

■10代で

中学から吹奏楽部に入部し、
パーカス担当になり、
倍率の高いコンクールのメンバー選抜試験に合格して、上級生を差し置いて出場するなど。

中2ドラムの演奏に出会い、他の人よりセンスがあることを自覚。

小学校高学年から壮絶ないじめにあい、
そのメンツともども中学に進学していたので
いじめも相変わらずではあったものの、
ドラムでステージに立った時だけは周りに褒められる。

なんなら、同級生間でどんな扱いを受けているのか知らない下級生からは、男女問わず慕われ、好意を寄せられることも。

高校時代はほぼバンド活動に精を出す。
ひたすら女の子にちやほやされる。
全国高校生バンド選手権に出場したり、テレビ出演して連日取材を受けるなども経験する。

バンド関係の男性付き合いにより、
貞操概念がバグって爛れた女になるwww

■20代で


動物関係の職に進むことを決意し、
とにかく勉強勉強勉強。

プライベートもつぶして勉強
夜は業界の横つながりを作るために
お酒の席に参加するなど。

業界に骨を埋める勢いですべてを差し出すw

知識に実力が追いついてくるようになると、
患者さんから個別で頼られる機会も増えてきて、やりがいを感じるようになっていく。


■​使命はまず決めることに価値がある


自分の好きを掘り下げるのに役に立ったのは
「一番充実していた仕事」について知ること。とあさぎさん。

あさぎさんであれば、
・自分の立案したプランを客先に提案すること
・その案を納得してもらったとき
・プレゼンをするとき
・みんなにすごい!と言われたとき
これらが充実していた瞬間だったそう。

そして、これらの共通点をさがしてみると、
「人と話すこと」
これが好きなことだ、と実感したそう。


そう考えたら、今までの設計職などは全く向いていなかったことがわかります。笑


人って、好きなことや楽しいことなら、
たくさんやっても疲れない。

そして、主体的に考えてどんどん試行錯誤して行動するから、結果もついてくる。

結果がでるから、さらに好きになって、さらに結果が出せる…そんな好サイクルにのっていけるわけですね。


著書にもありますが、かのトーマスエジソンも、

わたしは1日たりとも
いわゆる労働などしたことがない。

何をやっても楽しくてたまらないからだ。

としています。


今。自分が好きだ!と思っている業務でも
例えば帰宅後に倒れこんでしまうような疲労感があるのであれば、
どこかしら無理をしてしまっているのかもしれません。

今一度、自分の好き得意を洗い出して、その部分を強化していけたら、どんどん結果が伸びるかもしれませんね。

▶︎ワーク5:使命と仕事を考えてみよう


​今までで充実していた
仕事や役割はなんですか?


誰かに相談事をされたとき

・仕事であれば、患者さんに個別で相談されたとき
数年連絡をとっていなかった前の職場のお客さんから、ペット関係のことで個別の相談を持ち掛けられて相談にのっていたとき

・プライベートでも、
親友に超絶重い相談を受ける機会が多く、
パートナーの不倫、自分がシタ側で訴えられた、などの相談にも時間問わず一生乗っていた。

救急対応をしているときも結構あがってるけど、
アドレナリンが出ている説もあるから微妙…終わった後にどっと疲れるし。

ただ、自分の技術がそのまま結果に出る、っていった点では好きなのかも。

自分の知識、技術がそのまま評価されたときは充実感を感じられているように思います。



それが使命だとすると、
今後はどんな方向に進めば日々が充実しそうですか?

誰かの相談に乗ること
悩みを解決すること
悩みを解決するためにどうしたらいいのかを一緒に考えること

​■パーフェクト人間には価値はない


まじこれ、本当にこのタイトルだけで
めっちゃ救われたのはわたしです。


今の職場のお局様は
事務も実技も全部ひとりで完結できるだけの能力があって、
それもあってたくさんの事が目につくんだろうけど、

「みんなわたしみたいにできるはず」
「わたしは特別なことはしていない」

といつも言っていて

だからこそ、
こんなに言われるわたしはダメな奴なんだ
もっと頑張らないといけないんだと自分を責めていたんですね。


だけど、
 
今まで自分の能力を
ここまで馬鹿にされたこともなかったし

「責任感がなさすぎる」
「仕事が適当すぎる」

って言われることも
たかだか営業さんが持ってきた景品を置きっぱなしにしたとかその程度。


その程度で人格否定して
死ねとか言われる理由がわからんwww

録音して労基いったら絶対勝てるような
パワハラ発言の毎日w

この著書にも
「自分の魅力は他人が決めるもの」
「人より優れているものが才能」
「魅力はパーフェクトであること」
と思っていた、と書かれています。

しかし、実際は
使命も魅力も、自分が決めるべきものだと。

ドラえもんの映画で、出木杉くんが出てこない原理と同じだと。笑


逆に、得手不得手がはっきりわかれていて、
得意を突き詰めていたほうが、よっぽど魅力的に見える、ってことですね。

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