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月刊「地理」新連載(2021年4月号掲載のインタビュー記事)


2021年4月号からリニューアルされた月刊地理で、新連載がスタートしました。

月刊地理2021.4

Q1 どんな番組でしたか?

NHKブラタモリに案内人として3回出演しました。第32回沖縄・首里(2016年2月27日放送)第67回奄美の森(2017年3月25日放送)、新春・沖縄スペシャル(2020年1月1日放送)です。

Q2 どんな場面で登場されたのですか?

地球科学の専門家として案内することが私のミッションだったので、歴史や生物のストーリーに地理学や地質学の話題が関係してくる場面が出番でした。ストーリーは、KADOKAWAから発行されている書籍『ブラタモリ』の6巻1)と12巻2)に掲載されているほか、本誌2017年6月号にも「NHK『ブラタモリ』にみる地球科学のアウトリーチ効果」3)として寄稿してあります。

Q3 先生が番組に呼ばれたのは、どのような経緯ですか?(本や論文などがきっかけ、など)

ウェブサイトで公開されている研究者の情報(研究業績などが記載された"researchmap"など)から、取材対象になったのだと思います。ブラタモリ制作班は毎回非常にたくさんの専門家に取材していて、私もその一人でした。取材対象者のなかから私がなぜ案内人に選ばれたのかは、よくわかりません。

Q4 工夫されたこと、準備されたことがありますか?

地球科学の解説はすべて一人でカバーするという覚悟と努力です。案内人として出演する専門家の人数は限られ、細かい分野ごとに専門家を出演させていたらキリがなく、それなりに広範な専門をカバーする必要があります。アウトリーチの現場に要求される専門性は研究レベルのものとは異なりますから、私が引き受けた「地球科学の全般」という範囲は、必要十分なものだったと考えています。

もう一つは、いかに専門用語を使わずに済ませるかです。例えば斎場御嶽の地形をつくる営力は「マスムーブメント」に集約されますが、その用語は使わず、一般的な「崩れる・落ちる・滑る・動く」などの表現を組み合わせてロケを進めました。ただ、自分としてはやや消化不良だったため(笑)、本誌2020年2月号に「琉球王国の聖地『斎場御嶽』―マスムーブメントがつくった世界遺産」4)として寄稿しました。

――たしかに、マスムーブメントは地形学の専門書にはよく出てきますが、地理学一般でもほとんど使われない用語ですから、視聴者の方にはわかりにくいかもしれませんね。

Q5 TVに登場した感想や、放送後の周囲の反応をお聞かせください

琉球弧の魅力を伝えながら地球科学の裾野を広げることは、私の使命の一つと考えているので、そのような話題が週末や元日のゴールデンタイムに放送されたことは意義深かったと思います。その一方で、ゴールデンタイムゆえにたくさんの専門家も視聴しますから、解説内容の正確さには細心の注意を払いました。わかりやすさと正確さの葛藤については、本誌2019年8月号特集「ブラタモリの探究」で、案内人の経験のある皆さんが議論しています。

――おかげさまで特集号は増刷となり大好評でした!(まもなくバックナンバー販売期間が終了しますので、お求めの方はお早めにどうぞ)。

私が出演した回は、専門職の知人、例えば医師・看護師や弁護士に好評だったのですが、それはおそらくストーリーの論理をしっかりさせたからだと思っています。一般の視聴者からは、世界文化遺産の地球科学的な側面に初めて着目することができたという感想もいただきました。学生が視聴してくれたおかげで野外巡検をやりやすくなるという副産物もありました。

Q6 おもしろいエピソードがあったらお聞かせください

日本地球惑星科学連合(JpGU)の機関誌"Japan Geoscience Letters (JGL)"の15巻4号に「幕張メッセでブラタモリセッション」5)を執筆し、鍾乳洞が崩落した中国のカルスト地形(Wulong Karst)の写真に「タモリ氏であれば、地形学的な基礎知識を用いて、まず化学的な溶解により鍾乳洞が形成され、続いてその上部が物理的に崩落したことを、初見でもほぼ瞬時に理解されるであろう」というキャプションをつけました。原稿を執筆した2019年8月には、まさかそれを検証する機会があるとは思っていなかったのですが、そのJGLの印刷・発行とほぼ同時に斎場御嶽でロケを行うことになり、その斎場御嶽が、まさに鍾乳洞が崩落してできた空間だったのです。

斎場御嶽を訪れたタモリさんは、やはり鍾乳洞の崩落を即座に看破し、私がJGLに書いた推察が正しかったことを証明してくれました。JpGU事務局のはからいで、JGLを印刷所から直送してもらってロケにぎりぎり間に合わせることができ、久高島に向かう船内でタモリさんと林田さんに謹呈しました。そのとき、本誌2019年8月号特集「ブラタモリの探究」もお渡ししようと持参していたのですが、お二人ともすでにお持ちでした。

――それは地理編集部としても嬉しいです!

Q7 番組制作にかかわって苦労したことがありましたか?

私はタモリさんのことを「専門家のお一人」と考えているので、ロケでの会話はどんどんエスカレートしていきます。そうなると一般の視聴者がついていけない内容になってしまうため、私は毎回、アナウンサーの桑子さん・近江さん・林田さんの表情を確認しながら、その場その場で難易度を調整しました。ちなみに、私はタモリさんに「さすがですね」と言ったことはありません。専門家とみなしていればタモリさんの名推理に驚くこともないのです。案内人が驚いた方が演出的にはよいのかもしれませんが・・・。

Q8 アウトリーチについて、お考えがあったらお聞かせください

アウトリーチの相手にとってアカデミアのディシプリンは関係ありません。一般の方々が知りたいのは、学問そのものではなく、学問によって明らかにされた事実や、学問によって裏づけられた解釈です。例えば、斎場御嶽で解説したマスムーブメントが地理学の知見なのか地質学の知見なのかなどということは、相手はまったく気にしていないし、どうでもよいことなのです。私たち専門家は、自分が専門にしている学問そのものをアピールするのではなく、学問的な枠組みを超越し、あらゆる分野の知見をシームレスに総動員して、一般の方々が興味を抱く事象を学術的に解説することが重要だと思います。

Q9 ご自身の研究テーマについてお聞かせください

研究レベルの専門分野は地形学で、とくに熱帯や亜熱帯の地形に関する調査・解析をしています。学際的なアプローチを重視しているため、理学・工学・農学の研究者がごっちゃになって研究を進めています。

私が勤めている琉球大学には大学院もあります。私の担当は教育学研究科(教科教育専攻)から理工学研究科(物質地球科学専攻)に変わりました。ブラタモリで紹介したような沖縄や奄美の地形に興味のある学生さんは、どうぞ気軽に連絡ください。

――ブラタモリには地理学者の方たちがたくさん登場されていますので、本連載でもたびたび取り上げていきたいと思います。尾方先生からどなたかご紹介いただけますか?

連載第3回(6月号)では鳥取砂丘の回に登場された小玉芳敬さんを紹介します。小玉さんも専門は地形学で、特に、河川・波・風による岩屑の運搬(流砂・漂砂・飛砂)と、それらが地形を変化させるプロセスに詳しい先生です。砂丘の調査で沖縄にも来ていただくなど、いろいろお世話になっています。ブラタモリ鳥取砂丘の案内人は小玉さんしかいないと私は思っていました。

http://www.kokon.co.jp/book/b584040.html

月刊地理2021.6

文献

1) NHK「ブラタモリ」制作班監修(2016)『ブラタモリ6』KADOKAWA。
2) NHK「ブラタモリ」制作班監修(2017) 『ブラタモリ12』KADOKAWA。
3) 尾方隆幸(2017)「NHK「ブラタモリ」にみる地球科学のアウトリーチ効果」地理62‐6、4-10頁。
4) 尾方隆幸(2020)「琉球王国の聖地「斎場御嶽」―マスムーブメントがつくった世界遺産―」地理65-2、46-49頁。
5) 尾方隆幸(2019)「幕張メッセでブラタモリセッション」Japan Geoscience Letters, 15 (4): 6-8.

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