量子力学と2022年のノーベル物理学賞受賞者が成し遂げたこと-アインシュタインの敗北-
2022年ノーベル物理学賞はアラン・アスペ、アントン・ツァイリンガー、ジョン・クラウザーの3名が受賞しました。おめでとうございます。
さて、彼らが何を成し遂げたのか、量子力学の基本的な概念と共にお話しましょう。
量子力学は、言わば世界は確率で物事が決まるという考え方です。例えばこれを読んでいる貴方がなぜ今そこにいるか、それはそこにあなたがいる確率が非常に高いからです。
もう少し具体的な話をしましょう。量子力学の影響を受けるのは非常に小さいミクロなスケールです。原子、更には電子まで小さくしましょうか。
電子をポンと置いた時、電子がその置いた場所にある時と置いた場所とは違う場所にあることがあります。これが確率です。電子がそこにあるように見えるのは、たまたま確率的に、そのパターンにぶち当たったからです。
今電子が地点Aにある確率20%、地点Bにある確率が30%、地点Cにある確率が50%といった具合です。この場合、電子を見ようとすると、半分の確率で地点Cにあるように見えます。
中学校で原子の構造を勉強した時、原子核の周りに電子を丸い粒で描いた記憶はありませんか?あれは正確には間違いです。パシャっと写真を撮ればあのように見えますが、全く同じ状況で写真を撮っても、電子の位置は違って見えます。
ちなみに、粒子が波だとか、波の性質を持っているとか言うのは、この確率の方の話です。粒子は確率の波として伝わります。便宜上、符号を適当に扱うと、ある波が確率20%で地点Aを指し、別の波が同じ地点Aで-20%を指すと、地点Aには絶対に粒子が見えません。
(正しく符号を扱うには、こういう差し引きをやった後で符号を外すための操作を行います)
さて、量子力学の考え方に反対したのが、あのアルベルト・アインシュタイン、相対性理論で有名なあのアインシュタインです。彼の名言に「神はサイコロを振らない」というのがあります。世の中のことは確率などというふわっとしたものではなく、バシッと決まるのだという主張です。
しかし、量子力学では神はサイコロを振り、1が出れば電子を1つ目の点に、2が出れば電子を2つ目の点に…と、確率で電子の位置を決めます。
量子力学の確率解釈は、現実をよく記述しました。量子力学に反対するからには、それに変わる理論を提唱しなければなりません。
そこで、実在であることを考えたら、確率解釈なんておかしいよな?というEPR問題が提唱され、確率的に見えるのは、何か我々がまだ認知できていない変数が支配しているからだ、という隠れた変数理論を提唱しました。
さあ、ここから2022年ノーベル物理学賞の話にまいりましょう。対立した理論が提唱されたことで、量子力学と隠れた変数理論、どちらが正しいかを調べる必要があります。そこで1964年に提唱されたのが、ベルの不等式と呼ばれる不等式です。隠れた変数理論が正しいならばこれが満たされるはずだ、という不等式になります。つまり、これが正しいかどうかを検証すれば、隠れた変数理論と量子力学、どちらが正しいかを検証することができます。
さて、検証ということは、実験的に検証する必要があります。それには困難を極めましたが、1972年にジョン・クラウザーとスチュアート・フリードマンが実験的検証に成功しました。しかし、この実験には局所性の抜け穴という問題があり、完全ではありませんでした。それをある程度塞いで実験を行ったのが1982年のアラン・アスペ、そして完全に塞ぐのに成功したのが1998年のアントン・ツァイリンガーのグループの実験でした。
これらの実験にもまだ抜け穴があり、完全に全ての抜け穴を塞いだ実験が行われるにはさらに2015年の4つのグループの実験まで待つことになります。つい最近ですね。
しかし、初めの実験を行い、大きな抜け穴だった局所性の抜け穴を塞いだ彼らの功績を称え、今回のノーベル物理学賞が授与されることとなったのでしょう。
これらの実験によって、ベルの不等式の破れが立証され、隠れた変数理論が否定されました。あの天才、アインシュタインが敗北してしまったのです。
(実際には量子力学の解釈として、コペンハーゲンの確率解釈以外の解釈も存在し得ることが示唆されています。例えば、量子力学の効果として、粒子が第何励起状態なのかに依存した、量子ポテンシャルというポテンシャルエネルギーを導入するBohmの理論などがあります。これは量子力学が間違っている可能性というより、今主流なものとは違う解釈ができるよって話であり、コペンハーゲンの確率解釈と等価な理論です。この意味では、アインシュタインの「神はサイコロを振らない」もあながち間違いではないのかもしれませんね。)
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