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初夏の匂い

テスト勉強をする、レポートをするという口実で、特に予定を入れずまっすぐ家へ帰る。帰ってもすぐに勉強するわけじゃないのに。

大学のキャンパスでは蝉が忙しなく鳴き、ベンチに座っている学生たちは夏の陽気につつまれながら、テスト勉強に追われていた。そんな人達を横目に、そそくさと家に帰る。

電車内ではYouTubeを見ていた。そのまましばらく揺られていると、オレンジ色の光が電車内をぱっと照らした。電車が地上に出た合図だ。住宅街を走る電車の窓から見える夕日と、夕日が照らす川や街並みがすごく綺麗に映った。なんだか急に懐かしさに襲われた私は、最寄り駅の一駅手前で降りて、15分ほどの道のりを久しぶりに歩いてみることにした。

風が気持ちよかったので少し遠回りをして歩いていると、お母さんが子どもを後ろに載せて自転車を漕いでいたり、おばあちゃんと孫が笑いながら手をつないで散歩をしていたりする光景があった。心地よさを全身で感じれる、いい時間だ。

小学生は今ちょうど夏休みに入ったばかりの時期。夏休みの予定にわくわくしながら一番浮かれている時だろう。数年前のいまごろ、小学生の私は毎日外を駆けまわって、夕方5時ころに家に帰ってくるのが日課だった。

両親は共働きだったので、家に帰るとおばあちゃんが晩御飯の支度をしていて、おじいちゃんが居間で相撲か笑点、もしくはNHKのニュースを見ていた。あの光景は今でもはっきりと覚えている。

「ただいま」と玄関のドアを開けると、和室から畳の匂いがして、おばあちゃんが作っているカレーの匂いを交じり合った。季節を問わず長靴を履いて仕事しているせいだろうか、おじいちゃんの足の臭いも少し混ざっていたと思う。

本来なら絶対に相容れない匂いなのだろうが、その時の私にとっては、夏まっただ中に生きている自分を腹の底から実感できる大切な匂いだった。そして、家に帰ったら家族がいて、お帰りと言ってくれる安心感に包まれるような匂いでもあった。一気に力が抜ける。

私にとっての初夏の匂いとは、畳とカレーとおじいちゃんの足の臭いだ。それを嗅ぐことで夏の訪れを感じ、毎年少しずつおとなになっていく自分を誇らしげに思うと同時に、二ヶ月後には通りすぎてしまう夏を惜しむ。

あの匂いはここ数年嗅いでいないが、初夏になるとどうしてもそれが恋しくなる。都会に来て色々新しいものに出会い、居心地の良い友達もできた。でもやっぱり帰りたいのは実家だ。いま本当に嗅ぎたいのはあの匂いだし、あの空気に包まれたい。

季節ごとの匂いはすごく大事にした方がいい、と自分に言い聞かせる。写真では残せない内側の思い出が、その匂いにつまっているからだ。ふとした瞬間に感じれる幸せがもう少しずつ欲しい、と思った帰り道だった。

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