学生を変える方法


周囲の安全確保と本人のクールダウンのため、私は彼を別室に連れて行った。椅子に腰掛けさせ、肩の上下が収まるのを待つ。ここからが指導となる。読者ならどう対応するだろうか。先を読む前に考えていただきたい。  私は彼に、次のように伝えた。  「クラスの多くがあなたのことを、『あいつは気が短くてすぐ怒り出し、暴言を吐く』と言っています。

しかし本当のあなたは、怒るとすぐに暴言や暴力に訴えるのではなく、想像以上に我慢しているのではありませんか。

私にはそう見えるのですが」  「結構我慢しています」  と彼は答えた。私は彼の目を見てうなずき、  

「やっぱりそうでしたか。私が思ったとおり、あなたは忍耐強い人ですね」

そしてこう続けた。  

「そこで提案です。せっかく我慢できているのだから、これからも怒ってしまうところをぐっと堪えることができたときは、私にそっと教えに来てくれませんか」

 「はい。わかりました」  彼は素直に受け入れた。  彼は、それまでは怒ったら暴言暴力に頼り、結果として叱られることをくり返していた。だから叱責する教師たちと彼との関係性は、日に日に悪化してた。そこで、「暴言暴力を我慢して報告したらほめられる」という逆パターンに修正したのだ。それが私の意図である。  指導が功を奏し、その後、彼の不適切な言動は激減した。

記事前半で私は、教室内で暴力に走ってしまった子に「我慢しているのではないか」と尋ねて言い分に耳を傾け、  「そこで提案です。せっかく我慢できているのだから、これからも怒ってしまうところをぐっと堪えることができたときは、私にそっと教えに来てくれませんか」  と提案して「我慢したらほめられる」パターンへと修正して課題解決した事例を紹介した。  しかし残念ながら、こうはいかない場合もある。「我慢しているのではないか」という問いにも「我慢なんかしてねえよ!」と反発する子どもたちもいるのである。そんな子には、どう対応すればいいだろう。  正面から説諭するか、あるいは「気持ちはわかる」と共感するか、どちらかを選ぶ、という読者もいることと思う。  私は説諭でも共感でもない、第三の対応をとる。にっこり笑って、  

「またまたご謙遜を!」  と伝える。あるいは、  「正直者なんだなあ!」  と驚く。もしくは、  「今まさに思春期っただなかだね。エネルギーが有り余っている。私にもそんな時代があったよ」  と遠い目をして述べることもある。

 どれも相手の怒りの的を外し、聞く耳をもたせる対応である。  このような方法で指導へつないだ例を、別の子とのエピソードから紹介する。

再びエピソードを挙げよう。ある日の休み時間、いままさに暴れ出そうしている生徒に出くわした。 「腹が立つから殴ってやりてえ!」 男子生徒はそういきり立っている。 ここで「殴ったら傷害罪だぞ」「殴られた相手の気持ちや立場も考えてみろ」と告げるのは典型的な説諭だ。たいてい火に油を注ぐことになる。 「そこまで腹が立っているのですね」と伝えるのは共感である。いい対応に見えるが、こういうときの共感は、言っても言わなくても大差ない。 それらに対して第三の対応「肯定的フィードバック」では、男子生徒にこう伝える。

「それだけ腹が立っているんだな。それでもまだ殴っていないよな。我慢している君はすごい」

私はこういう場面を幾度も経験しているが、ほとんどの場合、言われた生徒は一瞬ポカンとする。子どもは、説諭は予想していたかもしれない。だが、そんな肯定的なことを言われるなどとは想定していないからだ。 このポカンとした瞬間、彼のこだわり(この場合は「殴ってやりたい!」という自己主張)は緩和されている。だから、こちらの言うことが入りやすくなる。 もう一つ例示しよう。 「父親も母親も偽装離婚して、生活保護を受けているんだ。働いて苦労しても安い給料だ。俺も親のように生活保護を受けるんだ。だから構うな!」 学校でこう言い放った生徒がいた。読者ならば何と返すか。 ひるんだら終わりだ。彼らは簡単にこちらの頭上を飛び越えていく。 教師の多くは日頃の反抗的・挑戦的態度でストレスがたまっていることもあり、 「健康なのに働かないやつは人間失格だ!」 「納税は国民の義務だ」 などと、つい説諭してしまうが、それでは無駄に事を荒立てる。正論を100回語っても、彼らのこだわりは緩和されない。むしろ頑な(かたくな)に自己主張を強め、ケンカ腰になり、教師との関係性は崩壊する。 かといって、「そうか。生活の先行きに自信を持てないのですね」と共感しても、現実は何も変わらない。当たり前のことを言っても、非行にはしる生徒の心は動かない。それどころか、ややもすると相手に侮辱と誤解されるリスクがある。 肯定的フィードバックなら、たとえば、

「そこまで明らかに間違ったことを一方的に自己主張できるのはある意味すごい!」

と返す。生徒の顔が想像できよう。 この方法で生徒が変容するわけではない。だが、関係性は確実に改善されていく。本格的な指導はこのあとやればいい。

出典:Yahooニュース(長谷川 博之)

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