なぜ人は勉強をするのか

初めまして。私は今年21歳になる大学3年生です。
アルバイトで個別指導塾の塾講師をしているのですが一つ困ったことがあります。
それは生徒自身やりたいことがなかったり、勉強がしたいわけではないが将来の不安であったり親御さんからの意見で塾に来る生徒が多いということです。
なにか目的があるわけでもなく、勉強が好きではない。そんな生徒が塾に来て勉強をする意味はあるのでしょうか?
しかし私自身、今大学3年生で就職活動をするか大学院に進むかすごく悩んでいます。
大学に入学した理由は教師になりたいという要因が大きかったのですが、教員免許を取る授業の中で教員の仕事は勉強に対してやる気のない生徒を少しでも勉強に触れさせることだと言われました。
私はやる気がある、勉強をしたい生徒に勉強を教えたくて教員を目指していたし私自身高校生の時にはたくさんの知識や、考え方を先生から教わったことを覚えています。
しかし、公立中学校、高校の現状ではそのような授業は求められておらずクラスの平均、またはそれより少し下の子達に合わせた授業がベストだとされています。
私はそのような授業はしたくないと考えたため、教員の道は諦め、専門的なことを教える、教わる職に就きたいと考えているため大学院に進むべきなのか就活をするべきなのか悩んでいるという現状です。
ここまでの私の話を聞くと「勉強が好きな人なんだなあ」と思われるかもしれません。
しかし、最初からそうだったわけではなく母親から勉強しなさいと口酸っぱく言われ小学生の頃は剣道とそろばんの習い事をしていたため遊ぶ時間はほとんどありませんでした。中学校に上がってからも勉強と部活動の両立で遊ぶ暇がなく、高校には部活動で進学をしましたが大学は勉強で進学すると決めていたため両立がかなり大変でした。
それでもどちらも人並みに両立できたのは先生の存在が大きかったと思います。
私のやりたいこととして、人に何かを教えることで自分の頭を整理して成長していくこと、そのために自分は勉強し続ける、考え続けることが苦ではなくなりました。
小中学生の頃にやらされていた勉強はすごく苦痛で、あの時間はもっと友達と遊んでおけばよかったなとすごく後悔しています。
なのでこのノートを見ている学生、親御さんは勉強をする理由は何なのか、それを明確にしてから塾に通う、勉強を始めるべきだと私は思います。
私の通っている大学は中期日程という珍しい日程で、旧帝大の滑り止めとして受けられることが多いです。
入学前は旧帝大に受かっていたかもしれない優秀な人たちが集まっている大学だと思い、ワクワクして入学をしましたが蓋を開けてみるとやりたいことがない、とりあえず勉強をしていたと言う人がほとんどです。
旧帝大に受かっているような友達はちゃんと明確な理由を持って勉強をしていました。それだけが受験の合否を決める要因ではないと思いますが、私の中ではかなり重要なことだと感じています。
もし、やりたいことが見つからない、どうしたらいいかわからないのであれば、やりたくないことをやらないようにしてみてください。
それが勉強であるならする必要はないと思います。
塾講師をしている私の目からは私の実体験も考慮してみると、やりたくない勉強をしている生徒のほとんどは成績は上がりません。
皆受験勉強はするし、いい高校や大学に行きたいのは同じです。
どこで差がつくのかはしっかりゴールを見据えていること、そのゴールから逆算して努力することを苦だと思わないことが大切だと思います。
ここまで読んで下さった方々には本当に感謝します。私自身まだまだたくさん話したいことがあるので是非またお会いしましょう。
ありがとうございました。