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3分でわかるコスモス954事件

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宇宙損害責任条約は本当に使われているのか

人工衛星が地球上に落下した場合に備えたルールはいくつかあります。
しかし、そのようなルールが活用された事故はこれまで起きているのでしょうか?
今回は、宇宙損害責任条約が活用された唯一のケースであるコスモス954事件を取り上げます。

どんな事件か?ー放射能に汚染された人工衛星部品が散乱

1978年1月24日、ソ連が登録する人工衛星「コスモス954」がカナダに落下する事故が発生しました。

コスモス954は、1977年9月18日、ソ連によって打ち上げられ、濃縮ウラン235による原子炉を搭載したアメリカ潜水艦を偵察するための軍事衛星です。

コスモス954は大気圏に再突入後、カナダ西海岸のクィーン・シャーロット島北部でカナダ領空に侵入、再突入によって崩壊した残骸がカナダ領域に落下しました。
これにより、カナダ領域内に放射能汚染された残骸が4000個以上散乱してしまうことになりました。

ソ連とカナダのやりとり

カナダはアメリカによる通報によってこの事実を知ることとなります。
アメリカは、コスモス954がカナダ領空へ侵入した後数分で、カナダへの技術的・物質的援助を申し入れました。他方、ソ連がカナダに通報することはありませんでした。

カナダは、コスモス954の落下が明らかになった後、ソ連に対して情報提供、特に衛星が核動力炉を搭載しているかどうかについての提供することを求めました。これに対し、ソ連の回答は以下の内容でした。

①1978年1月24日に衛星は大気圏内に再突入したようであり、その一部がアリューシャン列島に落下した可能性がある
②大きな危険はなく、些細な地域的汚染があるだけ
③衛星に搭載された原子炉、大気層に再突入する際に完全に破壊されるよう設計されている
④専門家グループをカナダに派遣する緊急援助の用意がある

④についてカナダは、ソ連による情報提供不足を理由にこれを断ります。
最終的に、完全な情報が提供されたのは3月21日になってからのことでした。

カナダによる損害賠償請求

この事件によって、幸いにも怪我人が出たり施設の破損などの物的損害は発生しませんでした。
しかしカナダは、有害な物体がカナダ領域内に落下したことを懸念し、残骸の調査、回収、除去、浄化活動を行いました。この活動は2回に分けて行われ、それぞれ多額の費用が発生しました。

第一段階
 1978年1月24日〜4月20日 
 費用:1204万8239ドル11セント

第二段階
 1978年4月21日〜10月15日
 費用:192万1904ドル55セント

宇宙損害責任条約では、打上げ国は、自国の宇宙物体が地表で発生させた損害について責任を負うとされているので、ソ連はコスモス954の打上げ国として、カナダに発生した損害を賠償する義務を負います。
そこで、カナダは宇宙損害賠償責任条約に基づき、ソ連に対し合計604万1174ドル70セントの支払いを請求しました。

ソ連の反論

これに対し、ソ連は以下の反論を行いました。

①宇宙損害責任条約で規定されている「損害」はカナダに発生していない
②費用がかかったのはカナダがソ連の緊急救助の申し出を断ったせい

①は宇宙損害責任条約で規定されている物理的な損害はカナダに発生していないという主張、②はソ連による専門家の派遣と回収をカナダが断ったがために、カナダでコストがかかったという主張です。

決着と課題

結局、両国はソ連が300万ドルを支払う形で和解しました。損害賠償としてではなく、あくまで見舞金として支払われています。

しかし、本来カナダには1400万ドルを超える支出が発生していたはずです。それにもかかわらず、そのような解決がなされたのはなぜでしょうか?もっといえば、カナダはそこまで不利な立場に置かれていたのでしょうか?ここで興味深いのは、宇宙物体が地表に落下した場合に、打上げ国と落下国との負担の差です。

もともと、宇宙救助返還協定上、落下して所有権が放棄された残骸の回収費用を打上げ国に負担させる根拠はありませんし、打上げ国に落下情報を提供する義務はない一方、落下国には提供する義務があります。

このような、宇宙救助返還協定が被害国に不利な規定となっているのをカバーするため作成されたのが宇宙損害責任条約ですが、コスモス954が落下した事件で十分機能したといえるかは疑問が残ります。
当然、このような事故が起きないこと越したことはありませんが、今後、万が一発生してしまった場合にどのような処理がなされるかには注目です。

参考:
・宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版 小塚荘一郎・佐藤雅彦
・コスモス954号事件外交解決文書(カナダ・ソ連、1981年4月2日公表)
http://www.jaxa.jp/library/space_law/chapter_3/3-2-2-1_j.html

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