3分でわかる軌道上損害

星座の導き

アメリカの衛星通信会社、ワンウェブの衛星コンステレーション計画がいよいよ始動です(コンステレーション は星座という意味です)。
2月27日、全650基のうち最初の6基がソユーズロケットで打ち上げられました。
衛星コンステレーションは、まさに星座のごとく展開される多数の衛星によって、常に通信可能な環境を構築するシステムです。

ワンウェブは、インターネットに繋がらない地域をなくすというミッションを掲げています。

衝突の危機

衛星コンステレーションを計画している企業は複数あり、運用する衛星の数も様々です。例えばSpaceXでは、12000基もの衛星を運用する計画が進められています。衛星コンステレーションは、数百、数千という衛星が同一軌道上に展開されますが、これにデブリが加われば、軌道上にモノが密集し、地球でいうところの渋滞のような状態となります。

出典:NASA What Is Orbital Debris?

出典:JAXAホームページ デブリと宇宙機の衝突を防ぐ JAXA 追跡ネットワーク技術センターSSA(宇宙状況把握)システムプロジェクトマネージャ 松浦真弓

そうすると、せっかく衛星を打ち上げたとしても、他の衛星やデブリの衝突によって故障してしまうなどの事態が想定されます。
この時、誰が誰に責任を追及できるのでしょうか?

打上げ中の損害の場合

宇宙空間での事故の前に、打上げ中の事故で地上に損害が発生した場合を確認します。
宇宙活動法では、打上げ中の事故による損害については打上げ実施者が無過失責任を負うとされています。無過失責任というのは、注意を尽くしていたとしても免れることができない責任です。他方、注意を尽くしていた場合は免れることのできる責任を過失責任といいます。

軌道上の損害の場合

他方、宇宙空間で衛星が衝突するなどの事故で発生した損害については、宇宙活動法では規定されていません。
この場合は、宇宙損害責任条約や、関係国内法等により解決される問題とされています(宇宙ビジネスのための宇宙法入門 小塚荘一郎・佐藤雅彦 編著)。宇宙損害責任条約については、こちらの記事も併せてご参照ください。


このように、打上げ中の損害と宇宙空間での損害に差が設けられているのは、宇宙活動法が事故の被害者の保護を目的としており、リスクを承知であえて宇宙ビジネスに参入し、宇宙活動を行なっている者の保護については想定していないことによります。

当事者の整理

仮にA国(被害国)の衛星がB国(打上げ国)の衛星やデブリに衝突されて破損した場合、宇宙損害責任条約に基づいて、B国はA国に賠償責任を負うことが考えられます。また、被害者は加害者に直接責任追及することもできます。
また、仮に打上げ国が被害者に賠償した場合、打上げ国の加害者に対する求償(肩代わりしてあげたのだからその分払え)の問題が生じます。

課題

1 過失の認定
軌道上の損害については過失責任ですから、責任を追及する側が加害者の過失を証明しなければなりません。
しかし、宇宙空間での出来事ですから、過失を証明しようにも情報を集められず証明できないという事態は十分考えられそうです。そもそもA国の衛星に衝突したのが本当にB国が登録している物体だったのかすら怪しい場面もあるでしょう。また、宇宙交通管制(STM)が整備されていないことからしても、本当にA国の衛星が「被害を受けた」のか疑わしい、本当はB国の衛星が「被害を受けた」のではないかといった議論も想定されそうです。

2 保険
例えば、衛星の衝突によってGPSが故障したとか、衛星放送ができなくなりオリンピックが見れなくなったなどの事象が発生した場合、その損害は極めて大きいものとなりかねません。
宇宙活動法では、ロケット落下等損害に備えて保険の加入を義務付けていますが、これは人工衛星の分離前にロケットの地上へ落下した場合等を想定しており、軌道上の事故は想定していません。
これを踏まえ、内閣府では、軌道上第三者賠償責任(TPL)保険の義務付けについて検討がなされています。
軌道上で衛星が衝突する確率や、事業者が負担するコスト等を踏まえ議論がなされ、2018年12月20日、中間整理がなされました。

3 環境問題・予防措置
被害者保護の視点のほか、軌道上での人工衛星の衝突は、宇宙空間の人類の活動を阻害する状況を引き起こす可能性があるとされます(人工衛星の軌道上での第三者損害に対する政府補償の在り方(中間報告) 宇宙政策委員会宇宙法制小委員会)。
衛星同士が衝突すれば、多数の破片が散乱しスペースデブリを増加させます。スペースデブリをめぐる問題については、除去の観点もさることながら、いかに発生を抑止するかという観点での議論もあり、軌道上損害の問題はスペースデブリをめぐる問題と無関係ではありません。

4 政府補償
宇宙活動法では、政府と打上げ実施者は、TPL保険でカバーできない損害を政府が補償するという補償契約を締結することができます。これは、事故による損害があまりに巨額なものとなったとしても、一定金額までは政府による補償が受けられるとすることで、より宇宙ビジネスへの参入障壁を下げることを目的としています。
内閣府では、この政府補償の考え方を軌道上の損害についても及ぼすべきかどうかという議論がなされています。
中間整理では、具体的な制度化までの環境が熟しているとはいえないとの見解が示されていますが、宇宙産業の状況によって軌道的に対応していく必要がある旨示されています。今後の議論に注目しましょう。

おわりに

宇宙ビジネスでは、これまで十分議論されてこなかった未知の論点が多々あります(だからこそ面白いのですが)。
議論が成熟し、一定のルールが作られたとしてもなお、その時にはさらに未知の論点が議論されていることでしょう。
だからこそ、拠り所となる基本的な知識を学び、整理しておくことの必要性はより高まっていくかと思います。

参考:
・宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版 小塚荘一郎・佐藤雅彦
・人工衛星の軌道上での第三者損害に対する政府補償の在り方(中間報告) 宇宙政策委員会宇宙法制小委員会
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/30-housei/housei-dai5/chukan.pdf
・軌道上の衛星の活動に関する政府補償の在り方等 内閣府宇宙開発戦略推進事務局
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/dai71/sankou.pdf
・これだけは知っておきたい!弁護士による宇宙ビジネスガイド 第一東京弁護士会
・宇宙法ハンドブック 慶應義塾大学宇宙法センター 

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