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「キッズ訴訟」全記録⑦業務委託プロポーザル実施要領公表

キッズ事業の違法性に気づいたのは、9月定例会の一般質問を準備している8月のことでした。

9月定例会の招集予定日は9月6日と通知されていました。
招集が告示されるのが、その1週間前の8月30日となります。
一般質問通告の提出は、告示から翌日正午までというルールです。
宮城県のホームページで、令和5年度の全国学力・学習状況調査の報告書と集計結果が公表されたことを受け、9月定例会で児童生徒の学力向上について一般質問を行うべく、8月から資料を集めるなどの準備を進めていました。

8月の何日だったかまでは記憶にありません。
一般質問で学力向上への施策を具体的に提案するため、まずは基本的な知識として、教育委員会の職務権限についての法的根拠を確認しました。
教育委員会の職務権限を定めているのは「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」です。
長い名称ですが、教員採用試験に必ず出題される法律ですので、聞いたことがある人は少なくないと思います。
教員資格取得のために学んだ大学生の頃、頻出条文を暗記したものですが、その後幾度も改正されています。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律 | e-Gov 法令検索

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教育委員会と地方公共団体の長(市長)、それぞれの職務権限は第21条と第22条に規定されています。


(教育委員会の職務権限)
第二十一条 教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務で、次に掲げるものを管理し、及び執行する。
一 教育委員会の所管に属する第三十条に規定する学校その他の教育機関(以下「学校その他の教育機関」という。)の設置、管理及び廃止に関すること。
二 教育委員会の所管に属する学校その他の教育機関の用に供する財産(以下「教育財産」という。)の管理に関すること。
三 教育委員会及び教育委員会の所管に属する学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること。
四 学齢生徒及び学齢児童の就学並びに生徒、児童及び幼児の入学、転学及び退学に関すること。
五 教育委員会の所管に属する学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること。
六 教科書その他の教材の取扱いに関すること。
七 校舎その他の施設及び教具その他の設備の整備に関すること。
八 校長、教員その他の教育関係職員の研修に関すること。
九 校長、教員その他の教育関係職員並びに生徒、児童及び幼児の保健、安全、厚生及び福利に関すること。
十 教育委員会の所管に属する学校その他の教育機関の環境衛生に関すること。
十一 学校給食に関すること。
十二 青少年教育、女性教育及び公民館の事業その他社会教育に関すること。
十三 スポーツに関すること。
十四 文化財の保護に関すること。
十五 ユネスコ活動に関すること。
十六 教育に関する法人に関すること。
十七 教育に係る調査及び基幹統計その他の統計に関すること。
十八 所掌事務に係る広報及び所掌事務に係る教育行政に関する相談に関すること。
十九 前各号に掲げるもののほか、当該地方公共団体の区域内における教育に関する事務に関すること。

(長の職務権限)
第二十二条 地方公共団体の長は、大綱の策定に関する事務のほか、次に掲げる教育に関する事務を管理し、及び執行する。
一 大学に関すること。
二 幼保連携型認定こども園に関すること。
三 私立学校に関すること。
四 教育財産を取得し、及び処分すること。
五 教育委員会の所掌に係る事項に関する契約を結ぶこと。
六 前号に掲げるもののほか、教育委員会の所掌に係る事項に関する予算を執行すること。


教育に関する事務は、市長よりも教育委員会が所管する項目の方がずっと多いことが分かります。
第21条第13号に注目してください。

十三 スポーツに関すること。

スポーツに関することは、教育委員会の職務権限であるとはっきり書かれています。
キッズ事業の予算が可決してもなお、引っかかっていたのは、このことだったと気づいたのでした。

いや、ちょっと待って。
たしかキッズ事業のモデルとした他自治体の事業があったと説明で聞いた記憶があります。
検索したところ、岩手県でもスーパーキッズ事業を行っていることが分かりました。

担当している部署は文化スポーツ部スポーツ振興課、知事部局です。
教育委員会ではありません。
岩手県も違法な事業を行っているということになるのでしょうか。
そこで今一度地教行法を見ると、第23条に職務権限の特例が設けられていました。


(職務権限の特例)
第二十三条 前二条の規定にかかわらず、地方公共団体は、前条各号に掲げるもののほか、条例の定めるところにより、当該地方公共団体の長が、次の各号に掲げる教育に関する事務のいずれか又は全てを管理し、及び執行することとすることができる。
一 図書館、博物館、公民館その他の社会教育に関する教育機関のうち当該条例で定めるもの(以下「特定社会教育機関」という。)の設置、管理及び廃止に関すること(第二十一条第七号から第九号まで及び第十二号に掲げる事務のうち、特定社会教育機関のみに係るものを含む。)。
二 スポーツに関すること(学校における体育に関することを除く。)。
三 文化に関すること(次号に掲げるものを除く。)。
四 文化財の保護に関すること。
2 地方公共団体の議会は、前項の条例の制定又は改廃の議決をする前に、当該地方公共団体の教育委員会の意見を聴かなければならない。


このあたりは教員採用試験には出題されることはまれでしょうし、私が学んだ時代には、まだ特例はありませんでした。
岩手県は職務権限の特例を措置する条例を制定しているのでしょうか。
岩手県部局等設置条例を見ることにしました。


(設置)
第1条 地方自治法(昭和22年法律第67号)第158条第1項の規定に基づき、知事の権限に属する事務を分掌させるため、次の部局等を置く。
(略)
文化スポーツ部
(略)

(分掌事務)
第2条 部局等の分掌事務は、次のとおりとする。
(略)
(5) 文化スポーツ部
ア 文化に関する事項
イ スポーツに関する事項
(略)


しっかりと条例が定められています。
岩手県は知事部局がスポーツに関することを扱っても違法ではありません。
では、名取市はどうでしょうか。

名取市部設置条例には、スポーツに関することの記述はありません。

名取市教育委員会行政組織規則には次のように書かれています。


(趣旨)
第1条 この規則は、名取市教育委員会(以下「教育委員会」という。)が所管する事務を処理する組織について必要な事項を定めるものとする。

(事務局の組織)
第5条 事務局に次の部を置き、部に課を置き、課に係を置く。


第5条の表の1番下、教育部文化・スポーツ課の中に、スポーツ振興係を置くことが明記載されています。
つまり名取市では、スポーツに関することは教育委員会が所管する定めであり、市長部局が所管することは、地教行法に違反する疑いがあるということなのです。

これは一大事です。
一般質問の準備どころではなくなりました(しっかり仕上げましたが)。

招集告示日の一週間前、8月23日には、キッズ事業の業務委託プロポーザル実施要領が公表されました。

業務の目的として「市への愛着の醸成及び子育て世帯の移住並びに定住の促進を目的としている」と書かれています。
同時に「スケートボード競技」「オリンピック出場」「トップアスリートを目指す」という文言も記載されており、この事業がスポーツに関することであるのは誰が見ても明白です。

事業の内容や事業費の規模など、様々な問題が指摘されてきましたが、違法性までは私も含めて誰も気づきませんでした。
第一義的な責任は、事業を検討し議案を提出した名取市の執行部にあります。
議会の責任はゼロではありませんが、執行部から提出される議案は全て法的に問題はないという前提で審議します。
違法ではないかと疑って審議する議員はまずいないと思います。
また、仮に質疑の中で違法性に気づき、それを指摘したとしても、問題ないという答弁が返ってくるだけだったのではないでしょうか。

違法性の疑いに気づいてしまった以上、このまま見逃してよいわけがありません。
プロポーザルが行われた後、委託先事業者が決まり、契約締結となれば、大きなお金が動いてしまいます。
お金が動いた後になって違法であることが確定すれば、多方面に影響が出てしまいます。
また、国の交付金も受けるので、違法となれば返還の義務が生じる恐れがあります。

これは大変だというのが、率直な感想でした。

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