量子未来社会ビジョンの策定を振り返る④ 〜ビジョン策定まで〜
前回は量子技術イノベーション戦略(量子戦略)の見直しワーキンググループの設置までを振り返りました。
今回はワーキングの流れをざっと眺めつつ、「量子未来社会ビジョン」の策定まで一気に振り返ってみようと思います。
※ビジョンの内容については次回で触れる予定です。
ワーキングから策定までの大まかな流れ
「流れ」と言いつつ、各回のテーマを羅列しただけですが、ワーキング(WG)全11回+合間のイベントはこんな感じでした。
令和3年10月27日 見直しWG 第1回(顔合わせ)
令和3年11月8日 見直しWG 第2回(量子コンハード)
令和3年11月25日 見直しWG 第3回(量子ソフト)
令和3年12月6日 見直しWG 第4回(量子暗号通信)
令和3年12月22日 見直しWG 第5回(スタートアップ)
令和3年1月12日 見直しWG 第6回(量子団体、中間まとめ、ムーンショット補正予算報告)
令和4年1月24日 量子技術イノベーション会議(見直しWGの親会議へ中間まとめを報告)
令和4年1月26日 見直しWG 第7回(知財、国際連携、産学連携)
令和4年2月10日 見直しWG 第8回(人材育成)
令和4年2月24日 見直しWG 第9回(量子センシング)
令和4年3月7日 見直しWG 第10回(積み残し有識者ヒア、取りまとめ素案)
令和3年3月24日 見直しWG 第11回(取りまとめ案)
令和4年4月12日 量子技術イノベーション会議(取りまとめ案を審議)
令和4年4月14日 CSTI有識者懇談会(取りまとめ案を報告)
令和4年4月22日 統合イノベーション戦略推進会議(量子未来社会ビジョン決定!)
令和4年6月2日 CSTI本会合(ビジョンを総理に報告)
ワーキングの各回のお題を見ると、コンピュータ、通信、センサなどの技術領域に加え、産業振興策から人材育成・アウトリーチまで非常に網羅的に論点を取り上げて議論してきたことがわかります。
見直しワーキング11回、量子技術イノベ会議を2回、統合イノベ会議1回、CSTI会合1回と、計15回もの会議を回して国の政策は出来上がっていくものなんですね。(最後のCSTI本会合はビジョン決定後なのでカウントしていません。)
量子未来社会ビジョンは、基本的には各回の有識者発言を丁寧に拾ってまとめ上げる、という作りになっています。
(量子コンピュータ開発の合弁会社設立提案(第2回見直しWGでの議論)や、税制改正(第5回見直しWGでのQ-STARからの要望)など尖った意見もありましたが、調整過程で落ちていきました。)
議論の詳細は各回のワーキングの資料で確認することができます。
(第n回の議論のポイントは第(n+1)回の資料にあります。)
ここで全てを拾うことはできないので、中身については、次回以降、量子未来社会ビジョンのポイントと私が個人的に思ってるところを解説してみようと考えています。
量子戦略見直しから”新たな戦略”の策定へ
ここまでぼやかしながら書いてきたのですが、よくよく思い出してみると、当初は「量子戦略の見直し」で議論がスタートしていました。
一方で、最終取りまとめの段階では、量子戦略を見直すのではなく、既存の戦略とは別に、量子技術に関する新たな戦略として「量子未来社会ビジョン」を策定ということになっています。
一体どこで方針転換したのか?
残念ながら、公開情報では経緯の詳細までを見ることはできませんが、令和4年3月7日開催のワーキング(第10回)の取りまとめ素案で、新たな戦略を策定することが初めて明らかになっています。
では、既存の量子戦略は廃止なのかというと、そうでもなく、既存戦略=技術開発の戦略、ビジョン=産業化に向けた戦略(出口戦略)というデマケーションの下、両輪で施策を展開することになっています。
とはいえ、実態上はビジョンに基づいて今後の施策が展開されると考えていいと思います。(政府は新しいもの好きなので…)
実は、量子戦略でも「産業・イノベーション戦略」というパートがありますが、量子技術イノベーション拠点の整備や産業団体(量子技術による新産業創出協議会:QSTAR)の形成が主なポイントであり、体制の整備に重きが置かれています。
これに対して、量子未来社会ビジョンでは、スタートアップ支援やテストベット整備/利活用など、産業振興に関するソフト面の施策の充実にも重きが置かれたものとなっています。
量子未来社会ビジョンの表紙や絵についての余談
振り返り第1回の記事でも触れましたが、量子未来社会ビジョンの表紙の背景には、”シャンデリア”とも呼ばれる量子コンピュータの希釈冷凍機が採用されています。
キラキラで非常にインパクトがありますね。
画像(量子未来社会ビジョンの表紙)
この表紙は、最終的にビジョンが確定した令和4年4月22日の統合イノベーション戦略推進会議で初めてお披露目となりました。
最後の最後でのお披露目だったため、かなり直前に差し込む形になりましたが、特に(官邸などを始め)誰からも意見なくすんなり決定した模様です。
役所が作成する政策文書は大体無地背景の冊子になるので「白表紙」と言われることが多いですが、量子未来社会ビジョンは「金表紙」となっています。(量子戦略は白表紙だった。)
お祭り的なチャラい雰囲気が出てて個人的には大好きです。
画像 量子戦略と量子未来社会ビジョンの表紙比較
また、ビジョンの概要ポンチ絵を見てみると、「量子技術活用イメージ」として未来社会っぽい絵が挿入されています。
見直しワーキングの最終回(3月24日)の資料では、味気ないポンチ絵でしたが、量子会議(4月12日)の資料ではこの絵が登場しています。
この絵は、ワーキング第3回での意見「量子コンピュータの使われ方の例をイラストや絵やストーリー、物語にするカスタマージャーニーを表現してはいかがか。」も踏まえて作成されたものになります。
味気ないポンチ絵はあまり受けがよくありませんでしたが、イメージ図の絵が入った資料は有識者への事前説明などでは好評だったと記憶しています。
大体の政策文書は内容が膨大なので、中身を事細かに見ている人はいないはずです。
内容的には味気ないポンチ絵と変わらないものの、絵があるだけでなんとなく充実している雰囲気が出るのか、みなさんにっこりされていました。ビジュアライズの重要性を少し学べた気がしました。
総理への報告
かくして量子未来社会ビジョンは令和4年4月22日に統合イノベーション戦略推進会議で決定されました。
ビジョン決定後の6月2日のCSTI本会合で、その内容が岸田総理に報告されました。
この報告の場には、見直しワーキングの主査を務めた伊藤塾長(慶應)、ワーキングの上位会議にあたる量子技術イノベーション会議の座長である五神理事長(理研)が呼ばれています。
このCSTI本会合では、伊藤塾長と五神教授それぞれがビジョンの背景などを説明するだけでなく、総理への"デモンストレーション"も企画されました。
デモでは、伊藤塾長はIBM作製の量子コンピュータモックアップを持参して総理に説明、五神理事長は理化学研究所(理研)で開発している国産量子コンピュータの量子チップ(従来型のコンピュータで言うところのCPUにあたる部分)やコネクタなどを持参して説明をしています。
岸田総理は「かなり小さい」と感嘆していたとのこと(時事通信社の記事より)。感想がかわいいですね。どのくらいのサイズを想像してたのでしょう。
ちなみに、この記事のヘッダー画像は理研の量子チップを絵にしたものを採用しています。(ここ(理研HP)でダウンロードできます。)
おわりに
当初、量子戦略の見直しとして10月から議論がスタートし、見直しワーキング11回、量子会議2回、CSTI有識者懇談会1回、統合イノベ会議1回の計15回の会議を経て量子未来社会ビジョンが完成しました。
半年間でこれだけの会議を内閣府でまわしていたので、ロジだけでかなりの業務量となり、内閣府の会議担当者には本当にご苦労なことだったと思います。最後まできっちりやり遂げたことは素晴らしいと思います。
一当事者としてはかなりハードで怒涛の展開が続く半年間でしたが、僭越ながら色々な人に出会い、意見交換をさせていただき、振り返ってみるととても充実した半年間でした。
次回以降は、量子未来社会ビジョンの内容のうち、私が特にポイントだと思っているところを中心に解説してみようと思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?