金髪にできない

彼女はよく髪を脱色していた。市販のブリーチ剤で、自宅の浴室で。彼女に会いに行った冬のある日、インターンの為に黒く戻していた髪が金髪になっていた。昔の不良みたいな色だった。「まだ1回目だから」と彼女は言った。3回ほどかけて白に近づけていくらしい。次の脱色までに5日だか、1週間だか、はたまた2週間だか、間を置かないといけないそうだ。それを無視して連続で脱色すると、とにかく頭皮が痛くなるのだと彼女は言った。痛みに弱い私はそれを想像して背中がつう、となった。やったことあるの、と私が尋ねると、彼女はあると答えた。「痛くて泣きながらやった」と彼女は笑った。そんなふうに軽やかに、果敢に、金髪に出来てしまう彼女が、羨ましかった。

その日か、その次の日か、忘れたけれど、二人で飲みに出かけた。私たちはよく二人でお酒を飲んだ。一軒目ではピザやら鍋やら、お腹を満たしつつビールやスパークリングワインを飲んで、二軒目にはいつも同じバーに行った。ウィスキーをロックで飲んで、適当にショートカクテルを飲んで、最後にまたウイスキーを飲んだ。彼女がいかにも不味そうな顔でウイスキーを飲むのが愛おしかった。彼女と親しくなった頃、彼女はまだビールが飲めなくて、よく同じ顔でビールを飲んでいたなと思い出した。

その日もいつもと同じような段取りで、最後のウイスキーを飲んでお店を出た。二人とも酔っ払っていたし、今となってはどういう会話の流れでそうなったのか思い出せないけれど、帰り道の私たちは険悪だった。激しく言い合うことこそなかったけれど、彼女の言葉の節々に私に対する不満が隠れていて、その攻撃性を、隠しとおすでもなく、かといってはっきり伝えるでもなく、あくまで冷静なふうで喋る彼女に私も苛々してきた。けれど彼女の不満の内容は全く筋の通った正当なものだった。原因が私にあることは疑いがなかった。けれど私にあるその原因というのは専ら構造的なことで、私自身にもその時点で如何ともし難いことでもあった。すまないとは思ったけれど、それ以上どうすることも出来なかった。彼女も普段においてはそのことを理解しているようだったし、だからこそ私たちは一緒にいたのに。何にせよ、その日はとにかく険悪なままに別れた。

翌日起きると、まだ体にアルコールによる怠さが残っていた。酒を飲みすぎた日の翌日に特有な口のざらつきがあり、シャワーを浴びずに寝たせいで髪からはタバコと居酒屋の匂いがした。シャワーを浴びたかったけれど、一度動くと頭痛がするような気がしたので、諦めてもう一度眠ろうと思った。けれどうまく寝付けなくて、ただ布団の中で何度も寝返りを打ちながら時間をやり過ごすことになった。正午を過ぎて、昼過ぎになり、閉め切ったカーテンの外からは、その時々の光が少しずつ漏れてきた。

昼過ぎと夕方の間くらいの時間にやっと起きて、シャワーを浴びた。髪を乾かしてから、彼女にラインした。苛々した態度をとったことをを詫び、今何してるの、と聞いた。数分で彼女からは返信があった。彼女は二度目のブリーチをしているのだと言った。私はまた、頭皮の痛みを想像した。当てつけだと思った。それは当てつけでしかなかった。彼女が今、浴室で感じている痛みを思った。私は彼女が愛おしくてたまらなかった。どうしようもなく悲しかった。それでも私は、金髪になんて出来ないなと思った。自分がとても薄情だと分かった。「髪、みせて。準備できたら家まで行くね」とラインした。「ん、きて」と返信があった。彼女の髪は、昨日よりもずっと綺麗な金色になっていた。

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