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本心とは

こんにちは、りょすけです。

昨日初めてnoteを書いて、意外と見てくれる人はいるものなんだと感じました。素直にうれしい限りです。

今日、書こうと思っているものは「本心」です。

なんの本心とかいう特定したものに対するものではないのですが、なにか皆さんにも言いたいこと・言いたかったことがあるはずです。

僕も人間ですし、あぁ、嫌だなと感じることはよくあります。でも、なかなか本心って言いづらいものなんですよね。

つい最近まで、僕は高校生でした。高校って色々な経験ができる場所ですよね。

例えば、中学校とかは、大体地域の小学校が何校か集まっていると思うのですが、高校って違うじゃないですか。

この学校に行きたい!ここでしかできない活動・部活をしたい!など様々な理由を持って受験し、高校生になっていると思います。

だからこそ生じる差があると思うんです。ギャップと言いますか、なんというか、本当に行きたかった高校じゃないなって人も多くいるはず。

自分はその一人なんですが、なんでこの高校に入学したのか未だに本心がわかりません。

高校に対しての不満ではないですよ!これを書いとかないといろんな捉え方をしてしまうと思うので、、

高校では、生徒会や、文化祭の責任者など色々な経験を積むことができました。

でも、思い返すと、先生や、友達に対して本心は全く言えなかったなって

これでいこう!いや、やっぱりこっちがいいかな?様々な選択の場面には、自分の本心とは違う発言をしていました。

周りに合わせようと必死で、自分自身のアイデンティティーを消していたのではないかと思うことが多々あります。

唯一本心を出せているのが、自分に対してだけという悲しき事態、、

でも、自分が自分のことを一番理解して、行動させてくれている。と考えると、それも悪い気はしないかも。

自分の中の考えを、他人に対して何かアクションを起こして伝える。これが生きていく上でどれだけ難しいことか、、、

まだ、大学一年生の僕でも感じることなので、このように考えた人は少なからずいるはず。

本心を言い表すってことは、人によっては勇気のいることかもしれないし、他者に嫌われるかもとかいう不安もよぎる。

周りに流されず、周りに流されず自分を貫き通す。これは、協調性がない人として認識されてしまったり、反対に、みんなに乗っかって相槌しか打てないようだと意志を持ってない人と思われてしまう。

本心を出せる人を見つける。これってとても難しいことなんですよね。

なので、「本心」を出せる『場所』として、noteを活用していければなと思います。

このnoteという場所は、僕は『人』と同じように接したいと思います。

これから僕がnoteに書くものは、自分自身の本心に基づいて書き上げていきたいと考えてます。勿論、今まで書いてきたことも本心ですよ。

日頃、口に出せないことや、面白いなと思った考え、自分が書きたいことを自由に僕なりの言葉で書ければいいなと思います。






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