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しくじり会計士が、多くの挫折を経て、なぜ教育分野で情報発信をしているのか

株式会社MAGEEEKの共同創業者の柴崎です。

英語学習・海外留学の情報発信サイトThere is no Magic!!のコンテンツ作成・監修、SNS運用やマーケティング業務全般を担っています。

日本の公認会計士試験に合格し、USCPAライセンスも持っていますが、ふと気づいたらブロガー&YouTuberになってしまいました。

この記事では、柴崎がどんな人物なのか、ぜひ知って頂けれたらと思い書かせていただきました。


ギリギリの早稲田合格とEY就職

私は幼少期、母親が熱心な教育ママだったことから、公文や習字、ピアノ、塾、体操教室など、毎日1つは習い事の予定が入っており、小学校高学年まで家にはTVゲームがありませんでした。

3人兄弟の中では一番勉強ができた方なので、親が求めるいい子になろうとしていたような気がします。

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(日本一暑い街、熊谷で生まれ育ちました。)

高校生で早稲田大学の附属高校に入ったことから、そのまま早稲田大学に進み、特にやりたいことも、何をすれば良いかもわからなかった私は、周りの影響もあり公認会計士試験を受けることにします。

新卒の給料がそれなりに良さそうという理由と、色々な会社に訪問できたら楽しそうという安直な理由です。

ちょうど合格した年の前後は会計士の就職氷河期とも言える時代で、運よく拾っていただいたのがEY新日本監査法人でした。

順風満帆というより、高校合格も補欠合格でギリギリ、会計士の勉強もギリギリ、EYへの就職もギリギリだった気がします。

将来を考えるきっかけ

大学卒業する直前、僕の人生に影響を与えた3つのことがあります。

1つ目は、会計士試験に合格し、就職先も決まった後のこと。私は友人宅で将来こんなことがしたいよね、と明るい話を飲みながら語り合っていました。

その日はその友人の従姉妹の小学生が遊びに来ていたので、自然と将来何やりたいの?といった話になりました。

すると、その子は悲しそうに言いました「看護師になりたかったけど、やめた。お母さんに、お前ばバカだから無理だ。うちにはお金がないんだ。と言われたから。」

まだ可能性が無限にあるような年なのに、親の影響でなんもチャレンジせずに諦めてしまったということで、すごくショックを受け、ことあるごとにこの話を思い出すようになりました。


2つ目は、YouTubeで偶然見た孫正義さんの動画です。「光の道へ」といったようなタイトルだったと思います。

動画の終わりに、レポーターの人が孫さんに質問しました。「頑張るのがダサいとか言われる世の中で、なんで孫さんは熱くなって頑張っているんですか?」

この言葉に対して、孫さんはこう言いました。「オレは日本を良くするために頑張っているんだ。恥ずかしいことなんて何もない。

孫さんの「志高く」という本を読んでから大のファンだった私ですが、この言葉を聞いて、人間の目標はこんなに純粋で良かったんだと、感動した覚えがあります。

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(本をたくさん読んでいた時期がありました。)

その動画でもう一つ印象に残っている言葉を紹介します。「人間は掲げた目標の中で、その6割とか7割が達成される。掲げなかった夢や目標は達成できないのだから、でっかい夢を持て」そんな言葉だったと思います。

大体同時期に上記のことがあり、「人生でかいことをやらないと」、「人に役に立つことをやりたい」という気持ちが強くなっていきました。特に何もできずに時間だけは過ぎていきましたが・・。


もう1つ書いておいていかないことがあります。ちょうどこの頃、ビズリーチの南さんの書いた「絶対ブレない「軸」のつくり方」を読みました(南さんは熱血体育会系で私とは真逆の人物ではありますが)。

あれから10年後、ビジョナルとして上場をした姿を見て尊敬しています。そんな南さんが、将来やりたいことを紙に書けと書いておりました。1年後、3年後、10年後に実現したいことを、紙に書いてしまっておけと。

そんなことで良いのかということで、私も紙に書いたんです。大体こんな感じだったかと思います。
・1年後:EY新日本で1番になる
・3年後:英語を話せるようになる
・5年後:グローバルに活躍できる会計士になる
・10年後:和で日本を元気にする

最年少マネージャーからIPO達成

これを書いて、まず達成したのはEYの同期全員のなかで最初に同社を退職したことです。

上場準備中の監査クライアントであった株式会社gumiという会社に急に声をかけていただき、転職を決意しました。もちろん最初は悩みました。監査法人にもまだ2年も勤めていない状態で、まだまだ学べることはあるかもしれない。gumiは上場できないかもかもしれない。

その頃のgumiは、スタートアップの注目株のような存在で、監査をしながら、会社の成長を見てウキウキしていたものです。「世界No.1になる!」そういっていた国光社長が輝いていました。

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(私の入社当初は海外展開を始めたばかりでした。)

ところが一方、主力タイトルのクローズなどで、好調だった業績は入社月から赤字転落

さらに、はじめてのマネジメントでは大変苦労をしました。24歳の経理経験もない若造マネージャーの言うことを聞きたいベテラン経理の人などいないのです。

海外展開で毎月子会社は増え、業務は増え、IPO準備でやることは増え、けど人は増えない地獄のような日々でした。

全てが未経験の中で、挫折を繰り返し、忍耐力をつけ、改善し、gumiは東証一部への上場を果たします。gumiの上場は、私の20代、青春の全てをかけた大きな出来事でした。何事もやればできるという自信をつけさせてくれました。

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(苦しくも楽しかったあの頃。まさに20代の集大成!)

また、同時に、人間1人では何もできないんだという実感を得たことでもあります。マネジメントには人一倍苦労した身ではありますが、自分1人ではできない大きい仕事をチームで達成する。大変なことは多いのですが、大きい仕事ができたほうが、楽しいです。

ちなみに、この時ものすごく辛かったのですが、上場まであと少しの時に、監査法人のパートナーが修造カレンダーを毎日DMで送ってきてくれたんです。

あの言葉たちに励まされたおかげで、IPOをやり切れました。「できる、できないを決めるのは自分だ」という言葉には、MBA留学中にも励まされました。

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(何度も読んで心を燃やした、修造カレンダー1日目。)

退職してニートへ

さて、英語はずっとやらないとと思っていましたが、業務に追われて中々継続をすることができませんでした。gumiがグローバル化する中、英語ができないことがボトルネックになっていることを痛感する日々。

海外でMBAを取得している方も活躍しており、羨ましいなと思っていました。私ももう20代後半が近づき、英語ができない事による危機感が大きくなります。

高校生からずっとMBA留学に憧れを持っていたことを強く思い出し、このまま、いきたかったけど行けなかったおじさんになるのはカッコ悪い!嫌だ!と思います。

そこで、4年半勤めたgumiを辞める決意をします。この時28歳の私・・。
私は会社を辞めてMBA留学の準備を本格化させることにしたのです。

仕事をやりながらでは、時間が取れない。けど、歳はとる。歳をとるとリスクが取れなくなる。なら、リスクが取れるうちにやめろ!!

そういう声を聞きました。

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(夢いっぱいの退職!けど・・?)

英語で苦労、ギリギリのMBA留学

MBA留学には、英語力が必要です。TOEFLやGMATで高得点を取る必要があるんです。

英語大嫌いだったのですが、勉強には自信があった方ですから、数ヶ月勉強すればスコアは取れると思い、留学の専門塾のドアを叩きました。

先生の言うことを素直に聞き、一日10時間以上、英語に打ち込みました。しかし、数ヶ月が経過しても、スコアは伸びるどころか、下がることもありました。私はTOEFL会場への道で泣きました。

ふと、気づきました。

間違っているのは私ではなく、日本式の英語勉強方法ではないのかと。

私は、先生にいう通りに従ってきた音読やシャドーイングなどの勉強を捨て去り、本質に返って英語学習方法を変えました。その結果、少しずつスコアが伸び、目標スコアを達成、志望校である企業家教育No.1のバブソン大学にも合格することができました。

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(起業No.1のバブソン大学!)

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(やっと合格!)

一般的には12月までに合格を得ますが、私は翌年の4月に合格、8月にアメリカに行きました。まさに首の皮一枚で繋がった経験です。

There is no Magic!!立ち上げと成長

方向転換をしなかったら、もう一年予備校を通っても結果に結びつかなかったかもしれません。正しい勉強法を知らないせいで、海外留学の夢を諦めた人もたくさんいるのでは、と気付きました。

そこで、英語学習の成功者のリアルな体験や彼らの勉強方法を集めたプラットフォームがあれば、後に続く人たちの成功確率を高めることができるのではないか、日本の英語学習環境を変えられるのではないか、と信じて始めたのがThere is no Magic!!です。

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よく、3ヶ月でペラペラに、英語が話せるようになるといった謳い文句をみることがありますが、そういう魔法のようなものはありませんよ、という気持ちを込めています。

でも我々は成功への道標(Path to Success)になるんです。

中二病ですね。


もちろん、MBAに合格したから、英語が話せるようになるわけではありませんでした。ニューヨークの空港から、聞き取れない本当の英語に絶望し、MBAの生活が始まった頃には、まさに地べたを這いつくばる思いでした。

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(地べたで呆然とする私@空港。)

詳しくはこちらもご覧になってみてください。

MBAでの留学生活は、まさに私の人生を大きく変えた出来事です。

言語・文化的なスーパーハンデを負いながら、グループディスカッションやクラスで貢献するために何をすれば良いか考え、日本語でもできないプレゼンを英語で行い、勇気を振り絞って発言を行う。

あんなにも自分をPushしながら、這いつくばりながら前に進む経験は、なかなか積むことはできません。

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(アクティビティ中にいきなり指名されてテンパる私。)

バブソン大学は起業に特化した大学でして、そこでもThere is no Magic!!の構想を深め、寝る間を惜しんで記事を書きました。

成功事例が集まり、自分の夢を達成する人が増えれば、世界は絶対に明るくなる留学を達成した人達が、世界の経験を日本に持って帰れば、日本は変わる。今でも信じています。

インド人のクラスメートとGMATクラスを立ち上げ、インドで2ヶ月を過ごしました。夏休みの生活費は補填できましたが、インド人講師とはうまくいかず、より経験豊富な中国人のクラスメートたちと働き始め、GMATだけでなくTOEFLやIELTSクラスもローンチしました。


ウェブサイトも、卒業する頃には月間20万PVほどのサイトに成長し、TOEFL100点越や志望校合格の報告もいただけるようになって来ました。

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(目標達成おめでとう!So proud of you!)

アメリカで現地就職

そして卒業。MBAを1年延長する感覚で、ニュージャージーの監査法人で1年働くことになりました。

日本でしか働いたことのなかった私ですが、アメリカで働く経験をしたおかげで、プライベートと仕事のバランスの大切さや、自分の意見を言うこと休暇を取ること上・下関係なく尊重し合うことを、MBA生活だけでなく、仕事からも学ぶことができました。

ところで、ニュージャージーに住んでいる1年では多くの変化がありました。アメリカでの就職、第一子の誕生、USCPA合格、パンデミック・・。

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(アメリカは芝生が綺麗。)

サイト運営の方も、働きながら、USCPAの勉強もしながら続けておりまして、この年には30万PVを達成しました。

さらに、英単語アプリのTANZAMの仲間が見つかり、開発を始めています。夢いっぱいだったあの頃。

资源 45のコピー

(1年の開発期間を経て、TANZAMをローンチ!)


スタートアップで再チャレンジ

日本に帰ってきて、念願だったスタートアップに就職するも、マネジメントスタイルが合わずに半年で退職。その後はしばらくフリーランスになりました。

フリーランス又は副業で、いくつかの会社をサポートするという働き方は、普及してくるのではないかと思います。特に会社は入社するまで、同僚や上司、働く環境もわからず、入社して「こんなんじゃなかった」ということはたくさんあるはずです。

人生の多くの時間を使う「仕事」ですから、もっと慎重に判断する時間が必要かと思います。

フリーランスや副業であれば、お互いのマッチを確かめた上で入社するかどうかを決められるので、会社にも個人にもメリットが大きいと思います。このような働き方が広まっても、人生の選択肢が増えるのではないかと考えています。おすすめです。

私は、あるベンチャーの経営管理やIPO準備をサポートしつつ、半年後には入社することになりました。


また、There is no Magic!!の運営も次のレベルが見えてきます。

しばらく、ほぼ2名体制でしたが、日本に帰国後に会社化し、半年程度で6名+αのチーム体制となり、コンテンツのクオリティは格段に上がり、できることの幅も増えてきました。

人間1人では、できないことの方が多いです。チームで動くことで、視野が広がり、大きな仕事ができることを再認識しています。一緒に働いてくれている、Mengshan、カズさん、クロスさん、Chaoyi、Jie、めぐみさん、孫さん、本当にありがとう!

同時に2つのスタートアップに関わっており、タイムマネジメントには苦労が多いですが、過去の成功に囚われず、次の新しいチャレンジをし、成功に導いていきたいなと思っています。

最後に

最近、人生で何を成し遂げたいのか、考えることが多いです。

何かを成し遂げるためには、数年間の時間は必要ですし、人生には選択と集中が必要なんだなとつくづく思います。私が情報発信を続ける理由は、くさいのですが、「誰もが平等にチャレンジできる世界」を実現したいからです。

大学生の頃、看護師になることを諦めた小学生の女の子、そんなケースが少しでも減り、やりたいことを応援し合えるような日本が、作れると良いなと思っています。その最初の一歩として、留学や英語学習の環境を変えようと思っています。

そして、もう1つはキャリアでの成功です。このNoteを読んでいる人はわかるかと思いますが、私は至って普通の、1人の人間です。有名な起業家にあるような、深い原体験もありません。天才でもカリスマでもない、どちらかというシャイで臆病な人間です。

でも、そんな私でも、こうやって人に良い影響を与えられるような情報発信ができ、そしてキャリアでも一定の成功ができる。大切なのは、目標を持ち、一歩前に進み、諦めずに、チャレンジし続けることなのではないかなと思います。

誰かができれば、私もできる私もできれば、あなたもできる

勇気が湧いて来ませんか?


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