ゲルハルト・リヒター展
リヒター展に行ったので感想を書く。一番の感想としては、やりたいテーマが一貫してあり、アプローチの方法を変えながらずっとそれに向き合っている、というのも、それがすごくわかるというのも、めちゃくちゃよかった。
事前にググったとかで知ってたんだと思うけど、彼は「絵に何ができるのか」を実践する人らしい。それがすごくわかった。わかった気がしただけかもしれないけど。
観た順に書いてこうかな。順路がなかったのも面白かった。
===
・アブストラクト・ペインティング
単純に観てて面白かった。絵の素養がある人は、つまり技術的にこの類の絵を描くことができる人は、何を思うんだろうな。よるべなき時代を表している、と解説されていたし、それはそれで確かにとも思う。
・8枚のガラス
1枚のガラスの向こうにいる人、もっと奥のガラスの向こうにいる人、こちら側にいてガラスに写ってるひと、もっと奥のガラスに写ってるこちらにいる人…ガラスの方向を見ていると成程たしかに色々人の影があって、集中して見続けているとほんとうにわからなくなる瞬間がふとあった。この人って向こう?こっち?もしかしてどっちでもないとか?誰しもが輪郭くらいしか映らないから本当にわからなくなっていく。絵が何かを表現するものであるなら、この作品は何かを表現「させる」もの、自分が作るものな気がした。
・黒・赤・金
キャプションの通りだけど、反射して黒にも赤にも金にもなる世界というものがあると言うことに気づいて、それが面白かった。作品の向こう(こちら?)には、黒の世界も赤の世界も近の世界もある。けど、それはこの作品も何もない普段にしてもそうで、自分の色だってきっとその時々で違っていて、もちろん他人の色も違うんだろう。今自分は何色の世界を見てるんだろうとか思っていた。
・ビルケナウ
これはちょっとよく…わからなかったな…
写真と対に展示されてるのばかり気になってしまった。写真で見ると、やっぱ印象が違う。それは絵の具やキャンバスの微妙な凹凸が作り出す光の加減によるものだと思った。面白いのは、反射率の低い鏡を通して見る2つからも同じ印象を受けたこと。低い反射で色んな要素が削ぎ落とされてるにも関わらず、同じ印象を受けるのだ。でもこれは照明の位置とか反射のわかりやすさに起因している気もする。その辺りの条件を取っ払って鑑賞して見たいと思った。
・グレイ・ペインティング、カラーチャート、鏡
ここのエリアがめちゃくちゃ面白かった。グレイ・ペインティングは解説にもあったけど、画家にとって最も「茫漠とした」印象の色であるようだ。そこには何もない、何も想起させないもの。一方のカラーチャートは色とりどりのガラスのタイルが敷き詰められていて、真逆の印象を一見与えるんだけど、相対しているとだんだん何もわからなくなってくる。レディメイドのタイル、多すぎる色が何の規則性もなく並んでいて、ちょうどテレビの雑音のような、これはこれで何も写してない、何も表現してないのである。そしてでかい鏡。この鏡は今まで出てきた鏡と違って普通のちゃんとした鏡で、こちら側の世界がそのまま映っている=つまりこの作品自体は何も写してない文脈にある、と言えると思う。三者三様の見た目だけど、結局はいずれも何も写してないと言うのがとても面白かった。
・頭蓋骨、花、風景
普通に絵うまい人やん。と思った。あと、ユーストという作品の、ほんのりベージュがかった白と黒の対比がうつくしかった。ほしいな。
・フォト・ペインティング
モーターボート、よく見ると確かに絵なのである。しかし遠目に見ると確かに写真と違わない印象。ストレートに、絵には何ができるのか?な印象。でももっと立てるべき問が、この作品にはある気がする。でも見つけられなかった。この辺りで疲れてきていたのもあってだと思うけど、もったいなかったな。
・オイル・オン・フォト
写真の上に絵の具が無造作に塗られている作品集。小さいものがいっぱいあるのが、何ができる?何ができる?と問いかけ続けるような印象を与えていた。これは写真なのか?絵なのか?xなのだとすれば、なぜそれはnot xではないのか?そもそもどっちなのかを考えるのことに意味はあるのか?これも、絵にできることは何なのか、という問いに対する一つのアプローチだと思った。
===
美術展に行ったのは久しぶりだ。行くようにしたいな。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?