人生は選択の連続とはおっしゃる通りです他、2022夏

おっしゃる通りです。

先人たちの作ってきた言葉や教訓めいたものを、私は追体験して、そうだなぁと間抜けな感想を抜かすしか出来ないのです。

しかし、それでいい。


ただ、その選択一つひとつと選んで享受する結果は、他の誰でもない自分だけのものであるから、責任を持たねばならない。

加えて、今の自分を作り上げいるのは過去の自分の選択の結果の積み重ね。
ならば、反省はしても後悔しないように。あの時の自分の選択は間違っていなかったと誇れるように、生きていきたいと思う。

これまで書いてきた文章の中で、どれだけ同じことを繰り返してきただろう。私の中の、大切な価値観。自分の言葉にして、それをまた認識して、その価値観がわたしだけのものになっていく。


お腹から吐き出す言葉

わたしはメッセージを送る時、一文を2個か3個くらいに分けて送ることが多い。ただ、そこに少しだけタイムラグがある。

初めて他人に聞かれた。ずっとそうだから、今さらなんでかと尋ねられてもパッと理由が出てこなかった。

他人から見たら確かにテンポ悪いのかもなと思ったんだけど、でもだからといって変えられることでもないような気がする。

そこで自分なりに考えたのだが、わたしが言葉にかなり期待をしているからなのではないか、という結論に至った。

家族や10年以上の友人ならともかく、わたしという人間の人となりを全て知らない人に対して、ノータイムで言葉を繰り出すことなんて出来ない。

ましてや、ラインなどという文字だけの世界で、そんなことできない。できないね。

こちらを見せてないのと同様に、相手の底も知れていないのに、そんなリスキーなことができるか。お互いに何がよくて何がよくないのか、知らない。

私は死んでも、言葉は残る。それを信じている。
わたしの言葉は、お腹から出てくる言葉。頭で返してるなと思う時、その言葉はすごく薄っぺらくて適当だと感じる。

だから、ちゃんと向き合いたい時は、たとえ一文の中のひとつの文節であっても。送り出すのに時間がかかるのだ。

わたしの言葉。結構愛おしいんだよね。


酔っ払う理由

わたしと飲んでるときはいつもしっかりしている子から、酔っ払いの連絡がきた。
珍しいねと返したら、数分して、いつもわたしが隣で酔っているから酔えないんだと電話口で文句をのたまわれた。

うん、たしかに。わたしこいつと初めて飲んだときに、酔って転んで全治1ヶ月半の怪我をした前科がある。安心して酔えるはずがない。

一方のわたしは、そんな前科があるにも関わらずいつもベロンベロンである。彼の胃袋と肝臓に全信頼を置いている、とその文句に対して言い訳をした。


本当にそれだけか?

酔わないと何も言えなくて。お酒のせいにして。
そうしたら何か変わるんじゃないかと思ってるのではないか?

そして、それで何回も失敗したのではないか。
以前、別の人との間で生まれたしんどい記憶だ。

お酒を、そういうふうに使いたくはない。
今回はどうやって使えるか。


ハッピーなお酒しか飲みたくない。
君は素直だから、もしかしたら。

そんな望みを持って、会いに行きたいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?