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ニコニコ

仕事ができない自覚はある。だったらせめて、自分が所属する集団の中でみんなが笑顔でいてくれたら嬉しいから、なるべく明るく笑顔でいよう。――そんなことを思って働いてきたが、自分の直属の上長は段々カリカリして自分への当たりが強くなっていた。

当時は「自分がダメなんだ、それでもせめて暗い空気を出しちゃダメだから明るくいよう」と思っていたわけだが、年末に「自分が仕事で病む契機は何か?」を洗い出してみたところ、上記の対応自体に上長たちがイライラしたことが原因だったのではという考えに行き着いた。

ニコニコしなくていいから、指摘を受け止めて改善して欲しい。

おそらく当時の上長たちはこう思っていたけど、上長自身の仕事に余裕がなくなってきてオブラートに包む余裕すらなくなり、少しきつめの当たり方になってしまったのだと思う。仕事ができないんだから少しは申し訳なさそうにしろよ、とも思っていたかもしれない。

「仕事はみんなでニコニコして雰囲気よくすることではなく、仕事自体をこなすことが大切である」という至極当たり前のことが、頭から抜けていたことによる悲劇だなぁと思う。

ふと、「悩み事なさそうでいいよね」と中学生の頃にクラスメイトから言われたことを思い出した。容姿のことでからかわれて周囲のクラスメイトと馴染めず浮いており、あいつはイジってもいいと思われていた空気感の中にいたから、そんなふうに思うわけないのに。そういう空気感の中で泣いて心が折れて負けたくないから、鈍感なフリして生きていただけなんだけどなって今なら思う。

そして恐らくはこの頃の体験がベースになって、辛いことがあってもニコニコする癖がついてしまったのかもしれないと思った。悪意を受けてもニコニコしていたら心が壊れるスピードは早まるに決まっている。おまけに悪意への処世術を、悪意なき上長へ向けたらそりゃあ相手だって嫌な態度とるよねって思った。

ずっとニコニコしなくてもいい。ちょっと言い方がちくちくしていて嫌だなと思うことが少し続いたら、相手を必要以上に傷つけない言葉を選びつつ指摘してもいい。そのことをもう少し早く知っていれば、仕事で病むことももう少し減っていたかもしれないし、今ほど心が脆くなかったかもしれないなと思う。

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