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ファンタジー・オン・アイス2024  羽生結弦の『ミーティア』 そして、マッスルとコレオと衣装の進化 

 ファンタジー・オン・アイス幕張と愛知で羽生結弦の『Meteor ミーティア』を拝見した。『機動戦士ガンダムSEED』からの曲でT.M.Revolution西川貴教とのコラボレーションだ。

 透明感のあるブルーのグラデーションにラインストーンが輝く衣装は戦闘マシン・フリーダムガンダムの外観を模しているのだと思うが、右肩の花束のような羽飾りや羽生の独特なボディラインをくっきりとなぞる黒い装飾ラインが生み出す得も言われぬ典雅さのためか、バレエかお伽話のプリンス・チャーミングみたいにも見える。

 しかし、暗闇の中から始まるその動きは鋭角的。無敵のロボット戦士の目覚めだ。
 しなやかな中にも迷いのない鋭さは羽生結弦を唯一無二にしている個性のひとつだが、『ミーティア』の始動は一段と揺るぎない精鋼な動きによって戦闘マシンらしさが強調されているようだ。展開とともに切り裂くような戦闘シーンのなかに苦悩に身を投げ出すような情念的アクションが入り込み、高揚感の底に疼く消えない痛みを感じさせた。
 中盤で、指先に飛んできた小鳥を愛おしんで肩に留まらせるようなしぐさが印象的だ。

 西川貴教の力強さと哀切さを並走させる歌唱がエモーショナルで、初めて見るはずなのに懐かしいような不思議な感覚を呼び覚ます。深海に降り注ぐマリンスノーみたいな照明が美しい。

 人が「正義」を求める限り、戦いがなくなることはない。なぜなら正義は統一出来ないから。連帯しないと生きられない社会的動物として創られてしまっている人間。その「愛」は赦しにも慈悲にもつながるけれど、共同体や愛するものを守ることにとてつもなく執着して制御不能に陥る核エネルギーみたいな怖ろしさがある。
 ガンダムSEEDには詳しくないのだけれど、何千年もにわたって人間が繰り返してきた問いにつながる普遍のテーマが含まれているように感じられた。
 幕張と愛知の現地でどちらも3日目を見たのだけれど、愛知の方が全体に鋭さや緩急が際立ったように思う。そしてラストが違っていて激しく落下するように氷に身を伏せて終わった幕張に比べ、愛知3日目は最期に速度を緩め、静かに氷に手を置いて静止した。
 スローダウンした終わり方は戦闘マシンから人間へと戻った姿とも取れる。真意はわからないけれど余韻があってより美しく心に残った。

 グループナンバーや前半の『Danny boy』もそうだが、あらゆる音を可視化しようとするかのような羽生の滑りはもはやこれまでのフィギュアスケートとはまったく違うものだ。全身の動きと表情、髪の毛の揺らぎからアクシデントで生じた額の傷をも含めたすべてを注ぎ込み、客席から吸い寄せた情念やエネルギーまでも操って大空間を自在に染め上げ、するりと別の宇宙へとワープさせてしまう。
 彼の「呪文」はスケートだけれど、太古からの歴史の中に稀に登場してくるシャーマン、預言者、カリスマといった人々は、それぞれが唯一無二の魔法のような何かを持つ羽生結弦のような存在だったかもしれないと思った。

 PS:
今年のフィナーレ『HIGH PRESSURE』の衣装は傑作だと思います。
この上なく引き締まった羽生選手が身に着けた姿はもはや生身の人間とは思えません。間奏で登場してマニアックに踊り狂ったあげくに「体を 夏にする…」の直前、センターで右腕を上げてポージングするところ、シャープな動きと決めた形の完璧さに魂を持っていかれました。
 あのガーターベルトみたいな黒いラインに既視感があって、思わずT.M.Revolution Official YouTubeまで『HOT LIMIT』のPVを探しに行ったのですが、ちょっと似ていませんか?
 今年のコラボが西川貴教氏と聞いた時、「もしかしてあの黒ホータイ衣装を羽生選手が!?」と妄想した方は相当数いると思います。当時の西川氏は今のマッチョな肉体とはほど遠い華奢で性別不肖なスタイルで、セクシーというより元気で可愛いのです。でも今の羽生選手があのアニメから抜け出したような完成度の高いボディでお召しになったらその破壊力で観客席に雪崩が発生するかも…。
「お客様の期待には応えなければならないけれど流血の惨事は絶対に避けたい」と考えたかどうかわかりませんが、リスクヘッジを重視するFaOI首脳陣の高度な判断が働き、あの歴史的衣装のエッセンスを活かしたうえでネクタイによって巧みに刺激性を緩和する変則Bunny boyスタイルが採用されたのではないでしょうか?

 とにかく眼福でした。
 Bunny boyアクスタ、お待ちしています。

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