カナダに来て初めて面白さが理解出来た海外ドラマ〜Curb Your Enthusiasm (ラリーのミッドライフ★クライシス)〜

最近また見始めた海外ドラマがある。Curb Your Enthusiasm (邦題: ラリーのミッドライフ★クライシス)というコメディだ。シーズン9は2017年に放送され、今年2020年にシーズン10がスタートした。

2020年に新しいシーズンがスタートすると聞いて、彼とドラマのテーマソングを一緒に口ずさんだりしながらワクワクと楽しみに待っていた。

ついこの前シーズン10の第一話目を見たのだが、やっぱり面白い!そういえば、昔日本でこのドラマを見た時は笑いが全く理解出来なかった。このドラマは私がカナダに来てから、初めてそのジョークや面白さに共感出来るようになったのだなと思った。

このドラマの主人公はラリー•デイビッド。演じている俳優もラリー•デイビッド。そう、本人自身が彼を演じているのだ。ラリーはあの人気ドラマ、サインフェルドを書いた脚本家でもある。キャリアもあり、マイホームもあり、友人もいる。実際のラリーもドラマの中のラリーも同じ設定。ただ毎回のドラマの内容はフィクションとなっており、そんなラリーの日常を描いている。

毎回のエピソードではラリーの失言や行動が原因で家族や友人、お店の人、通りすがりの人などとトラブルに遭い、最後にラリーが痛い目にあって終わるというのが大体のオチになっている。  

日本にいた頃に何話か見たことはあったが、主人公の男性は歳をとっているし、面白い訳でもなくかっこいい訳でもない。ドラマの魅力やユーモアが分からなかった。ただあのHBOが配信しているから面白いに違いないという思いで見始めたのだ。ドラマの中でラリーは人に言いたい放題、やりたい放題。見ていていい気はしない。なぜラリーは相手が嫌がる言動をするのだろか?例えばレストランでのシーンなど、ウェイターに文句を言ったり失礼極まりない。どうしても好きになれないまま、このドラマを見ることはなくなった。

時は経つこと数年。2015年に私はカナダのトロントへ移住してきた。人種溢れるマルチカルチャーなトロントで生活し、お店で働く店員さんのお客さんへの対応など日本とカナダの文化の違いを肌で触れるようになった。

理由は覚えていないが、ある時彼と一緒にこのドラマを見てみることになったのだ。久しぶりにドラマを見てみると面白い!!あれ?このドラマってこんなに面白かったっけ?笑えるだけでなく、なぜかラリーに対して愛着まで湧いてくる。

そこで気づいた。このドラマのギャグやユーモアは北米の文化を分かっていないと、面白さが理解できないのだと。

例えば先日見た話の中にこんなエピソードがある。
通りすがりのコーヒー屋さんに入ったラリーは、座ったテーブルがグラグラしていて安定していない事に気づく。「ちょっとテーブルがグラついてるよ。こんなサービスじゃだめだよ。」とオーナーに文句を言う。注文したマフィンがスコーンのように乾燥してるので、「なんだこの乾燥したマフィン。これじゃスコーンだ!」と皮肉を言ったり、出されたコーヒーがぬるくてクレームをつけたりと言いたい放題だ。

昔の自分だったら共感することなく、なんだこの現実味のないやりとり、と思ってスルーしていたところだが今は違う。ラリーの発言に共感出来るのだ。店員のお客さんへの対応やレストランでのサービスなど、日本での完璧なカスタマーサービスを受けていると、このドラマでのラリーが体験していることは到底理解出来ない。ただ、カナダを含め、このような粗末なサービスというのは北米ではよくある事なのだ。

他にもこんなエピソードがある。ラリーのオフィスで働く女性。その人が腕の見える箇所にカラフルなドクロのタトゥーをしていたのだ。会話の途中でそれを目にしたラリーは、その不可解なタトゥーのデザインの意味について問いかける。でも女性は「これは自分にとってプライベートな思いのあるタトゥーだから、人とその意味はシェアしないの」という回答。それを聞いたラリーは「そんなプライベートな事だったら見えることのないお尻にすればいいじゃないか?!」という発言。見ていてスッキリする。タトゥーってそもそも周りに見せるために彫る人も多いはず。自分にとって大切な意味があるという事で掘る人もいると思うが、見える箇所に彫っておいて意味を聞かれたら答えないというのは、少し腑に落ちない感覚になる。普通の人はそう思ってはいても、ラリーの様に声には出さない。心の中で留めておくのが大半の人の反応ではないだろうか。でもラリーは違う。それを本人に向かって言ってくれるのだ。

そもそも、こういった会話は日本ではまずありえない。日本ではタトゥーをしている人が少ないというのもあるが、社会的スティグマが未だにあるため、タトゥーをしていてもそもそも見えない箇所に彫っている人もいるのではないだろうか。タトゥーをしている人が多い北米ならではの会話だ。

また別のシチュエーションでは、ラリーが面倒くさいと思っている知り合いと食事に行く約束をすることになってしまった。出来ればその食事には行きたくない。そこでラリーは思いついた。トランプのスローガンのMake America Great Again!と書かれた赤い帽子をかぶって約束の場所へ登場する。当然そのレストランには、有色人種の人もいて、その人たちからジロジロと白い目で見られるハメになる。ラリーの知り合いは周りからの視線に耐えかねて、席を後にする。帽子のおかげで作戦大成功となった。その後も効果的面だったその帽子を、トランプサポーターでもないのに、都合の良い時に乱用する。ラリーが赤い帽子をかぶっている姿そのものが滑稽で笑えるだけでなく、赤い帽子をかぶったときの周りからの視線や態度の変化、その様子をドラマで描く事によって、トランプサポーターを遠まわしに馬鹿にしているという様々な角度で笑えるのだ。これも、アメリカの文化に触れていないと笑いが理解できないかもしれない。

同じエピソード内では、登場人物の一人でマネージャーのジェフが、セクハラで訴えられているあのハーヴィー・ワインスタインに何度か間違えられるというシーンもある。ハーヴィー・ワインスタインと言ったら北米では知らない人はいないと思うが、日本だとどうだろうか?中には知らない人もいるだろう。

こういったように、このドラマはアメリカの文化が分かっていないと笑えないのだ。ここカナダに引っ越してきて、このドラマがつまらないのではなく、昔は自分に笑いが理解できるほどの文化の理解がなかったのだという事に気付いた。

ラリーは人が普段思っているけど言えないことをフィルターなしで言ってくれる。すっきりして心地がいい。周りにどう思われようが気にせず自分らしく生きているラリー。人は誰しも、嫌われたくないとかこう言ったら相手にこう思われてしまうのではないかという思いがあるはず。ただ、ラリーにはそれがない。相手から好かれたいという思うがないのだ。ただ、そう言った言動が原因で、最後に自分に嫌なことが跳ね返ってくるというオチも自分でドラマの一部に取り入れるなんて、なんとも可愛らしいではないか。

一度は理解できなかったドラマも、自分が実体験で経験する事によってこんなにも見方が変わることを学んだ。シーズン10の残りのエピソードを見るのが待ちきれない。

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