見出し画像

早慶戦で伝説になった話(後編)

結論から言うと、僕は早慶戦でPKを決めたのである。しかもチップキックで。
国立競技場の1万人以上の観客の前で、多分偉いOBのおっさんもたくさんいただろう。失敗していたらと思うと、いま考えてもぞっとする。

入学してから3年連続で早慶戦に負けていたし、僕は出場すらすることができていなかった。4年生の時が人生最後のチャンスだったし、この1試合に3年分の思いを凝縮してぶつけたいと思っていた。
目立ちたいからチップPKをしたわけでも、余裕があったわけでもない。もちろん相手へのリスペクトを欠いていたわけでもない。
でも何か、1試合で全ての思いを表現できて、憧れた早慶戦で、国立競技場にいる全ての人を驚かせるような衝撃を残すプレーをしたいとはずっと思っていた。まさかとは思いつつも、前日に一応チップPKの練習もしといた。

1、国立のピッチ

初めての国立競技場はピッチからみると、意外と観客席が近く見える。一人ひとりの顔もはっきりわかる。観客席から見ると陸上トラックもあるし、ピッチまでかなり遠いな、と思っていたから意外だった。
早稲田、慶應の大声援のなかでは、ピッチ上は選手同士の指示の声なんて全然聞こえないし、耳元じゃないと会話もなりたたないレベル。初めてのピッチでの孤独感。ピッチ上は孤独だということを改めて痛感させてくれる。
仲間からのコーチングを頼りにしている少年たちよ。今すぐ考えを改めろ!プレスかけるタイミング、GOかけてください、ってチラチラ後ろみるFW達、諦めろ、そんな声は国立競技場ではひとつも届かない。自分で判断しろ。
幸い早稲田には誰かに依存しないとプレーできないやつはいなかったし、順調に試合を運んでいた。前半の20分くらいに、綺麗な形でゴールが決まり、勢いを更に増した。

2、ペナ内でのファール

そして遂に、まさかの瞬間が訪れたのである。
1つ下の榎本大希がペナルティーエリア内で倒されて、PKのジャッジが下された。早慶戦は何かが起きると、想像はしていたけど、本当に起きた。サッカーをやったことがある人ならわかると思うが、試合中のPKは独特の雰囲気がある。キッカーは決めて当たり前だし、PK次第でその試合の勝敗を左右しかねない。それでもPKになった瞬間、めちゃくちゃ蹴りたいと思った。いつもなら大エースの富山貴光が蹴るんだけど、教育実習明けだったからスタメンじゃなくて、でも蹴りたがりの島田譲とか、PK戦になったら誰かに任せて負けるなら、自分で蹴って外して負けた方がいいとよく言っている畑尾大翔とかいるし、ここは早いもの勝ちだと勝手に決めて、みんなが審判と揉めている間に、ちゃっかりボールを確保した笑

3、自問自答

後輩は無理だとして、同級生はどう思っていたのか、聞いたことはないが、誰も蹴りたいと交渉してこなかったから、あ、いいんだ。って思ってありがたく蹴らせてもらうことにした。(交渉されても渡さなかったけど)
ボールをセットした瞬間、あんなにうるさかったはずなのに、静寂に包まれた。後から知ったのだが、応援は鳴り止んでいないどころか、熱を増していた。僕の耳だけ何も聞こえてなかったのである。極限まで勝手に集中していたんだと思う。
チラッとゴールをみると、道筋がはっきりと見えた。あ、右に転がせば入るんだ。と頭を過ったことを覚えている。同時にキーパーの様子も確認した。学年は下だけど、名手の峯君。彼が良いキーパーだということは知っていたし、止めてやるって気が満々だった。逆に彼も止めたらヒーローである。1万人の前での一騎討ち、悪い話ではない。

4、「チップ、しよう。」

とは思ったものの、いつも通りのルーティーンでボールをセットして、数歩後ろに下がってる時もいろんなことを考えた。本当にやるのか、普通に決めるだけでいいんじゃないか、もうこんなチャンスないぞ、やらなかったことを一生後悔するんじゃないか、外したら終わりだぞ、、、何も考えたくないはずなのに、色んな声が聞こえてくる。リトルノムラから。
迷った、凄い迷ったけど、自分のキックを信じた。そして、相手キーパーも信じた。自分に自信を持っていてくれよ、と。
覚悟を決めて、助走に入ってから僕にできることは、左に強いボールを蹴り込むぞという駆け引きと、キックの感覚を間違えないことだけである。爪先をボールに当てる厚さや角度、強さの調整を間違えないようにするだけ。

理想の放物線を描いて、ゆっくり、静かにゴールに吸い込まれていく様はそれこそ、もう一生体験できないであろう至極の時間だった。ボールの行方を誰も邪魔することができない僅かな時間。美しかった。祝福の紺碧の空が気持ちよかった。

以上。1900文字。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?