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今の自分を作ってくれたテニス

私のワクワクすることは、「テニス」です。

小学校1年生の頃から始め、テニススクール・部活・サークルと今に至るまで、ずっと続けてきたので、私の人生はテニス抜きで語れるものではなく、習い事の一つとして始めたものが学生時代の大きな軸になっていました。

幼少時代にはテニスのほかにも、ピアノ・水泳・体操など習い事をしていたにもかかわらず、なぜテニスにのめりこんでいったのか。
就職活動時にも考えましたが、明確な答えは導き出せませんでした。

1対1で勝つのも負けるのも自分次第であり、練習すればするほど、自分でもわかるぐらい上達して、できなかったことができるようになっていく。
自分がテニスにハマった理由を考えてみましたが、おそらく他のスポーツや習い事にも言えることですね。

おそらく、幼い自分の中で「これならうまくなれる」と思ったのだと思います。そんなテニスに巡り合えたこと、始めさせてくれた両親に感謝です。

しかし、これだけは言えることは自分がテニスを続けていくうえでどの環境においても、自分の周りの「人」に恵まれていたということです。

【テニスと思うな、人生と思え】

私はテニスの強い中学校に行きたいという思いから、中学受験をし、無事入学したのですが、想像以上に部活は厳しく、顧問の先生の言ってることも理解できないことばかりでした。

その中でも、一番理解に苦しんだのがタイトルにある
「テニスと思うな、人生と思え」なのですが、
この言葉は中学の部活で顧問の先生が口酸っぱく、言っていたことであり、部旗にも書かれている言葉です。

おそらくはじめて聞くと、全員が大袈裟じゃないかととらえると思います。
私自身もそうだったので。

しかし、中高と部活をやりきり、少しは理解できたかなと思っています。
練習前に行う構内清掃、コートに入る時・出る時や先生に会った時のあいさつなどテニスの技術に直接的に関係ないことも徹底的にルーティーンとして行いました。
はじめは「やらされていた」ところから「当たり前」になり、日頃部活をできていることに対する様々な感謝を形にすることを学んだのです。

部活で言われたり、学んだことはその当時は意味わからないものとして受け流してしまうことも多かったですが、今となっては大事なことであったと振り返れることばかりです。

【気づかされた高校時代】

私は中学の頃は、自分たちが最高学年になってから、ずっとレギュラーとして試合にも出て、団体戦においては全国大会で準優勝できました。団体戦の時には多大な応援をもらえ、とても力になりますし、そんな応援のために頑張りたいとも感じていました。

応援を含めた部員全員で戦う形の団体戦のほうが個人戦よりも好きでしたし、出ていてすごいワクワクしました。

一方でなぜ、同じ部活の仲間とはいえ他人のプレーにそこまで全力で応援できるのか、してもらっている身ではありながらも疑問でした。

その答えが見つかったのが高校時代です。
高校最後の引退試合において、私はレギュラーには入ったものの試合には出れませんでした。
人生で一番悔しかったことですし、なかなか受け入れられない自分もいましたが、自然と仲間を応援していました。

一緒にプレーはできなくても、自分が試合に出れなくても、同じ時を過ごして、頑張ってきた仲間なら勝ってくれる、少しでも応援で勇気づけたいと思え、やっと今まで自分が受けていた応援をみんながしていた理由がわかったのです。

テニスという個人競技ではありますが、中高の団体戦を通じて、仲間と戦うことを学び、そして勝った時の個人戦以上の喜びを味わい、テニスにワクワクさせ続けられました。

【私の夢】


今までテニスしかしてこなかった私の夢ですが、小さいときはやっぱりプロテニスプレーヤーを目指してました。

今はというと正直具体的なものはありません。
これから見つけていきたいと思っています。

様々な機会で自分の過去を振り返り、社会に関しても考えることが増えている中で少し感じていたのが、

「硬式テニス部がある中学校に少なくないか」

ということです。

このように全国の中学校に11%しかない現状があります。
大学などの友人から聞くと中学の時に硬式テニス部入りたかったけど、なくて軟式に入ったという声が多く、その現状を痛感しました。

直接的に中学校にテニス部を増やす活動はできませんが、
今後増えていくと嬉しいなという思いがあります。


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