旅を通して五感を呼び覚ます 【だから旅は、やめられない #2】
〜 だから旅は、やめられない ♯2 〜
旅を通して五感を呼び覚ます
岸 美代子(43歳・医療職)
旅が持つ魅力、それは、日常で錆びてしまった五感を活性させることにあると、私は思います。
目に飛び込む風景、耳に入る言葉、街の匂い、初めての料理など、触れるもの、感じるもの全てが、新しい刺激で新鮮です。
旅好きにスイッチを入れた最初の土地は、アメリカ・グランドキャニオンでした。
名前は知っている、画像もぼんやり頭に浮かぶ。最初はその程度の存在でした。
2003年、コロラド州に留学していた私は、ある日、ホストファミリーからこう勧められました。
「みよこ、ここからグランドキャニオンは近いから行ってみるといい。車で10時間ぐらいかな。」と。
それは果たして近いというのか?感覚がよく分からず、最初は正直無理だと思いました。しかし、ノーとは言えない日本人。笑顔でつい口から出た言葉は、「近い!行ってみる!」でした。
当時はナビもついていない、安いレンタカーで、友達合わせて5人、地図と水と勢いだけを提げて、グランドキャニオンへ向かいました。
道中、警察に止められたり、ガソリンスタンドが見つからず焦ったり、せっかくだからと寄り道したり、目的地まで余裕で半日以上を要しました。
しかし、到着したそこには、長旅の疲れを一気に吹き飛ばす荘厳な世界が、私達を迎え入れてくれたのです。
吸い込まれそうなほどの深い断崖。
陽の当たり方によって刻々と変わる岩肌の表情。
頰を通るひんやりとした空気。
観光客の感嘆を物ともしない厳粛な静けさ。
その偉大な存在感は、壮大さ、神々しさ、雄々しさを堂々と表現し、訪れる者を圧倒させます。
眩暈がするほどの長い歳月をかけてつくられた自然の芸術は、息を呑む美しさを漂わせ、ただただ言葉を失いました。
同時に、人間の小ささも浮き彫りになるような感覚が込み上げ、それまで抱えていた自分の朧げな悩みや心配事も、全く取るに足らないことのように思えてきたのです。
価値観をも変わる、目の覚めるような体験でした。
その時から、暇さえあれば国立公園をはじめ、様々な場所へ巡る旅が始まりました。
今となっては、数々ある旅のトラブルや回り道も、記憶の糸をたぐり寄せる間もなく自分を笑顔にしてくれる、大切な楽しい想い出です。
今でも、日常生活で煮詰まったときは、この地に降り立ったときの感覚を思い起こし脳裏に描写します。
目の前のことにフォーカスし過ぎて盲目になっていた脳が、ふっと我に返り、自分を俯瞰できるのです。そのうち不思議と「大丈夫、何とかなる」という、勇気にも似た元気が出てきます。
旅は、普段無意識に身体が感じる埋もれた声に耳を傾けること、これは単なる気分転換に留まりません。
見知らぬ土地で自分の感覚を使い、味わい尽くし、多様な価値観の中でこれまでの既成概念を覆す、それが醍醐味だと感じます。
私にとって、旅は、緊張感と解放感の相反する感覚が同時に高まるような軽いカンフル剤です。五感が鈍ったらどこかへ向かう。
これからも、私の旅は続きます。
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