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友人レポ③ ジーザス・クライスト=スーパースター 2015/6/5ソワレ

友人SさんのJCSレポ第3弾。私っていつもこんな文章読めて幸せだな~、と思います。このレポに出てくるSKさんって知らない人だなと思って最後まで読んだら、私の中学の同級生のことでしたwww
2015年6月5日ソワレです。

まずはこちらが観劇直後の報告。

劇団四季の「ジーザス・クライスト=スーパースター」を観に来ました(≧ω≦)ここ最近では一番よかったかも!という舞台で感動~。全体的になにかこうこれまでと違う新しい雰囲気を感じる出来だったなあという印象で、何度か観ている作品だけど、今までこの場面でこう感じたことなかったなー・・ということが何度かあって、舞台が変わったのか私が変わったのかまだちょっとわかりませんが、新鮮な発見のある観劇でした。ひさしぶりに「なんだろう・・なんだかよくわからないけど、良い~!」って随所で感じられるワクワク感もあって、今期これから少し楽しみですよ、これは・・。チケット、追加致します☆

Facebookより

そして以下が1週間後に(!)書かれたレポです。

韓国で始まったジーザス・クライスト=スーパースターの様子が聞こえてき
て、なんだかソワソワ・・。しかし成す術はなし・・・・いや、私には四季のJCSがあるじゃないか!というわけで急に思い立って先日の観劇メモ。もーとんでもないアラジン旋風でせっかく見た(しかも結構よかった)JCSどっかいっちゃったなオイ!って思ってたのですが、どうやらアラジンでは脳内レコーダーが発動しなかったらしく、日が経つにつれ先週金曜に観たJCSの記憶が浮上してきました。細かいところはちょっとアレですが、ここ!っていうところを覚え書きメモ。

先週金曜、雨が降る中自由劇場へ。ジーザス初見となるSKさんもご一緒です。しかし雨の自由劇場はいつにもまして美しいですね・・(*´ω`*) ここのところ毎年のように上演があるJCS。昔はこんなに頻繁にやる作品ではなかったそうで、とても好きな作品だから嬉しいんですが頻繁に演るわりには「やっぱりこの作品好きだ!」という気持ちをさらに後押ししてくれるようなグッとくる公演に最近はあまり巡り合わなくてもんもん。。。今回はどんなかなー・・・と期待と不安がないまぜの気持ちでエルサレムの荒野へいざ。

一言でいうと「なんだかいろいろ新しい感じがする!」JCSでした。それが、「なかなか興味深かった」とか「面白いとは思った」というのではなくて、「よくわからないんだけど、なんか好きかも!」という恋の始まりのようなピュアなワクワク感で、そういうのJCSで感じたの久しぶりだったのでそれだけですごくうれしくなってしまった・・・。分かりやすいところだと、歌が、溜めたり、伸ばしたり、短くしたり、入りを遅らせたり、っていう自由な感じが各役それぞれ結構あったような気がします。あんまり今までそういうことしてるの聞いたことがなかったので、あれ?って思いました。シャウトやフェイクの入れるところや、入れ方も今までと違うってて新鮮でした。芝さんのスーパースターも聞いたことないアレンジだったよー。でも好き勝手やってるとか、単に今までと違うことしてみました、っていういのではなくて、気持ちを表現したいためにそうしている、とか、そうすることの意味、みたいなものがきちんと感じられる工夫だったように思います。

まあでも、「それほど良かったのか!ほんとうか!(ピラトで)」と言われると、このポジティブな反応は私がいかに渇いていたかの裏返しだと思うので、「い、いいえ・・」と答えようかな、、と思いますが、それでもただなにか新しい試みを見た、という物珍しさだけではなく、「もしかしたらこれからもっとよくなるかもこれは!」という期待を持てるくらいはよかったし、感じるものがありました。このトキメキを裏切らないで千秋楽までぐんぐん昇り竜で行ってほしいなーと思いますー。

ジーザス・クライスト 神永東吾
イスカリオテのユダ 芝 清道
マグダラのマリア 観月さら
カヤパ(大司教) 高井 治
アンナス(カヤパの義父) 吉賀陶馬ワイス
司祭1 佐藤圭一
司祭2 清水大星
司祭3 真田 司
シモン(使徒) 佐久間 仁
ペテロ(使徒) 飯田達郎
ピラト(ローマの総督) 青井緑平
ヘロデ王 北澤裕輔

・序曲~彼らの心は天国に 

冒頭、坂のてっぺんに現れた芝ユダ(ち、ちがうよ、ジーザスそっちのけでユダ見てるわけじゃないよ!ジーザスも見てるよ!ちょっとは・・)、表情がキリッとしてます。憔悴してるのとも、絶望してるのともちがう、目にはなんかそんなに暗くもない意志の光が宿っている感じ。ここですでにこれまでと違う雰囲気で「ん?」な感じ。。群集が上手の上のほうで三角になって、頂点に立っているジーザスに向って手をびょんびょん!って伸ばしては縮めるっていうの、あるじゃないですか。あれの手の動きが最初ホワンホワンだったので「は?!」ってなったんだけど、曲が進むにつれだんだん手の動きも早くきびきびした動きになってきて、最終的にはJCを射るくらいのするどい動きに!こんなのも新しくないですか??ちょっとドラマチックで、ともかくなんかいつもと違う。。というオープニング。音楽が一転して空から一筋の光がさしてくるところではなんだか私もその光をまぶしく見上げてしまいました。

芝さんのユダナンバー、よかった! 芝さん、ここ最近の公演ではユダ最初のナンバー「彼らの心は天国に」でシャウトやファルセットがきつそうな感じが結構出ていたと思うんですよね・・。ただでさえ耳の中でスンラユダが常に鳴っている私なので他の人よりも余計気になるってことはあったと思うんですが、それにしても、地声のところに乗ってた感情がファルセットになると薄まっちゃって聞こえちゃうくらい、支障をきたしていたと感じることもあって。前回公演までで、「もう芝さん声がでなくなっちゃったんじゃ・・い、いや、それにしてはスーパースターはいつ聞いてもキヨミチ・オン・ステージ!だし、ソンダンでは元気だったし、、、」といろんな疑惑が渦巻いてましたが、でも!奥さん!今回はそのあたりが全部うまくいってるんですのよ!歌も感情も全部ちゃんと切れずにつながってて、聞きながら嬉しくて「ニヤ・・」ってなりました!

そしてユダナンバーの間、舞台上に散らばった群衆はゆらゆら体を動かしてるんですが、この動かし方が!なんとなーくそんな風にみえるって人もいれば、あからさまにそうだ、という人もいて全員が全員ではないのですが、ノってます。ノってるんです、4ビートで。これまではビートとか全然関係ない動きだった気がするんですが、ちょっとびっくりです。

・何が起こるのか教え給え~今宵安らかに

神永ジーザスの第一声「なーぜしーりたい」。師匠に不調のようだと聞いていたのでちょっと心配していましたが、これは大丈夫なんじゃない?という出だし。でも二階席の奥までずどーーーんと届くようなまっすぐ太い声ではなくて、もうちょっと感情に奥行があるような響きでした。声が小さめ、とかそういうんでもなくて、いうなればこの磔7日前のJCっぽい感じっていうか。

「ふしぎでーすあなたーはなぜ」も「女よなぜ」も、あくまでもジーザスに気持ちをぶつけてる風な芝ユダ。あんまりマリアのこと目に入ってない感じかなー。さらマリアはさらマリアでもともとジーザスしか目に入ってないですが、スンラユダみたいにもう「呪ってやる!!この女!!」ってまで行かなくてもいいから、自分のなにもかもをささげてジーザスに尽くすマリアと、何もかもをささげたつもりの自分を分かってほしいって気持ちだけでいっぱいのユダの対比をもうちょっと見たいかなーとちょっと思いました。

そして「私が去ったあとーはー!」のところはなんと、「バカ言うんじゃないよ」な表情の芝ユダ!はい?!そんな表情ですか?!ちょっとびっくりしました。またしてももう出てないスンラユダを引き合いに出してほんと申し訳ないのですが、スンラユダは「さ、去る?!」みたいな表情の時が多かった気がするんですよね。その後見た芝さんのユダはこの辺はけっこうはっきり感情を出すことがなくて淡々としてて、で、この日、ちょっと片方の口のはしっこを上げて目を細くする、、という表情を初めてみた~。

そして最後、「今宵やすーらーかに~♪」ってマリアと女たちに促されて去っていくジーザスを見送る時も、お互い遠くから目線を送り合う感じではなくて、立ち尽くしているユダのけっこう近くをジーザスが通って、ユダは「どーぞどーぞもうご自由に!ご勝手に!」と、手のひらでジーザスの行く手を示すようなジェスチャーと、皮肉に顔があったらこんな顔かという表情で小さく顔を傾けてお見送り。うむむ!そしてユダ派(かどうかしらんけど)の人たちとジーザスとは逆方向に”ゆっくり歩いて”退場。。。「しるもんか!あんなやつ!」な感じで走っていかないんですね!もうなんかこう、知り尽くしたユダと同じなのにー不思議ねーな感覚にちょっとおいてけぼりになりそうになる私。なんか胸がザワザワするこの芝ユダ。

・ジーザスは死すべし

芝さんのあまりの新鮮なユダ姿に少々混乱しながらでも好きなナンバーになってまたニヤニヤする私。ワイスアンナス、ほんとうにひっくりかえらなくなりましたね~。そして高井カヤパ様は低音がちょっと、、雑・・?ちゃんと低いんだけど、ただびゃーーっと一本横線引いてるみたいに(「♪うるさい」)「ぞーーーーーーーー」ってあんまり魅力的な響きとはいえなかったような気がするなぁー。もっとどこまでも深くて悪い感じの低音シルブプレ!でもやっぱり好きなナンバーでした♡

・ホザナ~狂信者シモン

ホザナ、神永ジーザスがほぼ無表情です。いつかの芝ジーザスのかわいいまでものニコニコ笑顔を思い出すと、まーいろんな演じ方があるのだなぁと思いました。神永さんが少し悲しげな表情なので群衆の「戦いを!」がいつも以上に恐ろしかったです・・。そしてなんとおもむろにお神輿の周りをぐるぐるする群集!あの、「どーぞーおめぐみを!!」の時の渦潮(潮ちゃう)です!やーびっくりした。軽く二周くらいだったけど、これも新しい。ここ、群集結構熱かったと思います。「栄えあれ!!!」が怖くて鳥肌が立ちました。こんなの初めて!すごく怖い響きの「栄えあれ」でした・・。

・ピラトの夢

青井さんピラトがそう悪くなかったという噂を聞きつけて「ほんとかね、、、」と半信半疑でしたが、確かに悪くなかったー。これまで見た青井さんとは違いました。私は、村さんピラトで感動⇒続くとちょっと飽きてきて眠くなり⇒他にピラトいないかなーと思うと青井さんがきて⇒村さんの偉大さを実感!村ピラト感動!⇒続くとちょっと飽きて・・・の繰り返しだったのですが、このループにも終止符が!?ピラトの恐れや戸惑いがよく出ていたと思いました。

・ジーザスの神殿~今宵安らかに

渦巻き本番。神永ジーザスがなんだかすごくちっぽけに見えました(ほめてます)。なんだろう、もう観てるこっちがすごく心細くなってきました。

「♪なにもかも忘れて~」から、ジーザスを置いてけぼりにするところで、前回はまだジーザスがマリアを見ているのにさっさと歌位置に移動したさらマリアに盛大にずっこけた私でしたが、今回は良くなってた。もうこれはオケじゃないんで決められた時間内で移動しなといけないからしょうがないんですが、神永さんが顔を伏せるタイミングとさらマリアが、つつつ・・と正面を向いて移動していくタイミングがうまく合ってて、気にならなくなっていました。しかし、高木さんとか、玲子さんとか、ここどうやってたんだろうなー。。同じも持ち時間なのにあの情感たっぷりさ加減はいったい・・。高木さんなんてジーザスが完全に横になるのを見届けてから・・・ってこともあったような気がしてます。

でも師匠が仰ってたように全国公演を重ねてお稽古されたんでしょうね・・、さらマリアもよくなってる!という実感がありました。前はほんとにただの町娘だったけど、今回は多少ジーザスに思い入れがある人、っていう感じがした!(ほめてます)。冒頭のユダナンバーで、「キスさせる相手じゃない」とか言われてつい顔をそむけるところもよかったなー。もう一人のマリア、山本さんも気になります。今回公演中にみられるといいな。

・裏切り~最後の晩餐

とぼとぼ歩いてくるユダがめちゃ不機嫌そう!ハッと気が付いたらカヤパ様のところ、、というところで、「な、なぜ俺はこんなところに、、!」という戸惑いや後悔みたいなものより「くそー!なんで俺がこんなところに!」という怒りの表情に見えた芝ユダ。ほほう?!

「地獄へおーちるというなー・・・♪」から地べたに座り込んでじーーーっと地面を見つめる芝ユダ。「逮捕令状はこっこにあーる♪」にもまったく顔を上げず逮捕状を見向きもしません。「も~くよ~びのばん・・・」もなにか強い表情に見えました。なんだろう、あれですかね、こんなことをすることになった自分、を作った原因に対してすごく怒ってる、って感じがしました。

30デナリ握らされて「やったーぞユダ~さすがだーユダ~♪」のコーラスが繰り返しますが、なんと芝ユダ、このコーラスが聞こえている模様。いや「え今更そこ?」ってもしかしたら言われるのかもしれませんが、私はこのシーンでこのコーラスがユダの頭の中で鳴っている・・と思ったことが無かったことに今回気が付きました。これまでは、この時のユダの気持ちにこんな自嘲が入り込む隙なんて想像もできなくて、ユダの気持ちとは別のところで鳴っている残酷な声っていう捉え方をしてたみたいです。ユダに降り注ぐその温度のちがう神の?群集の?声を浴びながらそこに胸をつかんで突っ伏しているユダの痛々しさったら、、、と言う感じでみていたので。でも、今回の芝ユダは、このコーラスがユダにも聞こえていて、もしくは、ユダの頭の中で響いていて、それに対する恐怖やなにか我に返りつつあるところでの迷いを振り払うかのようなお芝居でした。うーーん!

そしてジーザスの気配にバッと起き上がって膝立ちでジーザスに向き合うユダ。ミーアキャットみたいな感じです(他に言いようがあるだろう・・)。私が座っていた位置からは芝ユダの後ろ姿越しにジーザスが見える感じで、まあとにかくこの場面であんなに背筋を伸ばして体全部でジーザスに向き合ってるユダを初めてみたんですが、そのじっと動かない芝ユダの背中のお芝居に涙がこみ上げてきました・・・。神永ジーザスは思いを込めて見つめ返すでも、目をそらすでもなくただそこに静かに居るかんじ。ワナワナとかプイとか分かりやすいしぐさは何一つないんだけど、二人の間の何か、が伝わってきます。ここ、久々に「うっ」ってきました。

・ゲッセマネの園

最後はあともう2小節!というところで崩れ落ちていましが、気迫のようなものは伝わってくる熱唱でした。神永さん、前はもっと感情が露わだったような気がしますが、今回はあまり感情を振りまわさず、表情や雰囲気で表現しているものの濃さが増した、という感じがしました。後半は全体的にちっぽけ感が増してて(ほめてます)、もろい人間の体に閉じ込められて理解もされないし受け入れられもしないし報われるかもわからない強い愛やただならぬ決意が苦しそうでした。誰のための試練で誰のための決意なのか・・・。こんなに苦しかったら私だったらぶれちゃうな・・・。

これは他の役の人もそうなんですが、勢いや迫力よりも情感を大切にしている、というのがすごく感られて、でもその結果迫力や勢いを感じるお芝居や歌になっている、というミラクル!なのでこうつじつまがあったお芝居になっているんですよね。お芝居に奥行がある、というか。今回そこが一番「今回良いかも・・」って思ったところでした。そしてこの日は伸ばしきれずに終わったロングトーンでしたが、なんだか四季のJCSがこのロングトーンに込める想いっていうのが今更ながらに伝わってきたような気がしました。

・ヘロデ王の歌

北澤さん、前に観たときよりぜんぜんよかった! 力が抜けたのかなー、その分、おかしな軽さとおかしな輝きが増しました(笑)。安心して客席でニヤニヤしていられる感じ。見た目の面白さ(笑)や、この世のものとは思えぬほどいっちゃってる感はシモーヌかな、と思うけど、でも、ヘロデっぽさと、歌と、他の場面とのバランスと考えてみたときに、今回の北澤ヘロデ、なかなかいいんじゃないですか??世の中にはいろんなヘロデがいるんだからもっと自信持ってほしい(持ってると思うけどね、余計なお世話だと思うけどね)。北澤さんのヘロデを存分にみたいですー。

・ユダの自殺

芝さん、ゴロゴロが壮絶過ぎて大丈夫だったかな。そして、ユダが地面に吸い込まれるところは、前回公演でみたことない感じでユダの全身がシュー!(スポン!だったかも)って収納されてしまって「アワワ!!??」ってなったのですが、今回は従来通り、体が徐々に吸い込まれていって、伸ばした腕が残ってからさらにもがきのばした手が一呼吸だけ残って悲しい余韻をひく・・のにバージョンんいなっていました。こっちのほうがいい、、。なんで前回「一気にシュポン!ってやってみましょうか!」ってなったのか聞いてみたいよ。

・ピラトの裁判と鞭打ちの刑

矢来の間からのぞかせる変顔ってあんなに清々しくていいんでしたっけ??ただニコニコしてるように見えて違和感。

青井さんの歌がさらに乱れます。もう一杯一杯な感じ。それはこの時のピラトの気持ちでももちろんあるのですが、それを表現するには歌にはもうちょっと余力がないと~と思いました。ここはピラトの見せ場でもあると思うので、背中がいたいいたいになっちゃってるジーザスと同じくらい、ピラトも背負っているぞ!というのを見せてほしいですー。

・スーパースター

アレンジが多彩! ちょっと今すぐ思い出せないくらい聞いたことない斬新なフェイクでもう一回聞きたいです!そしてまったく今回の舞台と関係ないけど、あの胸がはだけたロックな衣装をスンラさんも着ていたんだな~・・と思って思いだし萌!!♡(≧∀≦)

・磔~ヨハネ伝・第19章41節

磔の場面は徹底的にリアルな四季版。十字架も、釘打ちも、磔にされるジーザスも。もういいですと言いたくなるくらいです。。。。ついに神と二人きりのジーザス。まったく雰囲気が違うけど同じメロディを聞きながらゲッセマネの場面を思い出します。あの葛藤、あの決意。息絶えたジーザスをみながら、息絶えてるのに「この人は生きたんだなぁ・・・」って思ってしまいました。苦しむジーザスに、だったら自由になればいいのにと思うのに、ジーザスはそこから決して逃げ出さないもんだから苛立つユダ。神の御心という未知を目指すことがジーザスにとって生きることだったんだよ、ユダ。胸いっぱいです。

観劇後SKさんと「あの磔のところ、息絶えてからもハァハァしてなくてすごいよねー」「あ、それは俺も観てた!すごいな、あれ」って話になりました。オフステで聞いたところによると、なにか胸もお腹もハァハァしない特別なところで呼吸しているそうですが、どこ?!どこで?!

また好き勝手書いてしまいましたが、とりあえず渇いておりますので、また水曜日に行ってきます!

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