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友人レポ ジーザス・クライスト=スーパースター① エルサレム・バージョン 2024/2/24マチネ

noteに記事を上げるのは1年以上ぶりなのに、友人のレポの転載という体たらくである。

いや、ここでこの友人Sさんについて簡単に説明したい。
彼女とは2007年からの付き合いで、観劇以外でも親しくお付き合いをいただいているのだが、とにかく観劇レポの詳細っぷりと着眼点がすごいのだ。私自身は主にはFacebookで繋がっており、長きに亘って彼女のレポの恩恵に与っている。しかし彼女は自分のレポを公開することに(謙遜ではなくおそらく本気で)大きな価値を感じておらず(もちろん備忘録としてや友人に共有する価値は認めておられるはず)、クローズドなFBで感想をアップするだけで満足しておられるようだ。

しかし、私は実は十年以上前から、彼女のレポをもっと多くの人に読んでほしいと思っていた。今回、ふとした会話から彼女のレポをFB外の友人に共有したいという話になり、「師匠(私のことをこう呼んでくれる、大切な友人だ)がいいと思うならいいですよ」との許可をようやくいただいたというのが今回、この記事をアップする背景になる。

いつもながら前置きが長くなったが、2024年2月24日(土)マチネのJCSのレポを第一弾として上げさせていただく。ご堪能いただきたい。

2009年2月26日に師匠にお連れ頂いたのが私のJCS初観劇、そしてそれはスンラユダとの人生をかけた恋の始まりでもありました。あれからもう15年も経つのですかーー。3年が30年に思えるなら、15年は150年ですね。今回チケ取りに完敗した私は再び師匠にお誘い頂きこの大好きな作品を観劇することが叶いました。師匠、150年のお付き合いになりますが、いつもありがとうございますー。150年もチケ取りしているってのに全然抽選当たらなくてごめんなさい。。

稽古画像でピチピチの新キャストがお披露目されてザワザワしましたが、今日は神永ジーザス、佐久間ユダ、タカヤパ(失礼ですよ!)、江畑マリア、山田ピラト、北澤ヘロデというお馴染みの皆さんでした。新ジーと新ユダ気になるぅ。

久々のJCSということでとても嬉しかったし楽しみましたが、今日はなんかもー5点のところと、90点のところとまぜこぜの舞台でした。まず音が不安定で、音楽はいいのですが(録音だしね。。)、歌が、めっちゃ音大きいところと小さいところと波があって結構気になりました。俳優さんの声の出し方の問題もあるかもですが、だったらそれでOK出してるのちょっとどうかと思うし、マイクとか音響の問題なら改善したほうがいいと思う。。

不安定といえば、佐久間ユダもー。冒頭から「あれ、佐久間ユダ歌い方変えてきた。。」と思ったのですが、裏切りのあたりから私の知っている佐久間ユダに戻り、「ユダの自殺」でまだらになり、「スーパースター」でまた私が知らない佐久間ユダになりました。佐久間さんのユダはスンラさん寄りのユダだったので、私的には佐久間さんがいろんなユダを突き詰めた結果そういうユダ像になったのならこんな嬉しいことはないなぁと思っていて、でもだからってそれだけを期待して佐久間さんのユダを見ていた訳では決してなかったので、今日の冒頭で「あれ」とは思ったものの、「まあ、そうだよね、佐久間ユダだって変化していくよね、全然いいよいいよ、佐久間さんの今のユダを見せておくれ(←どういう立場?)」って感じだったのですが、裏切りでまたスンラさん寄りに戻すからまんまと泣かされ、でもその後「スーパースター」が “新しいユダ“ というより「なんだろう、、これ、、?」ってなって、なんだか忙しかったです。。佐久間さんも忙しかったかもね。。まだこうって決めきれてないのかなー、、。あれ、幕上がったのいつだっけ。

神永さんはなんか雰囲気が大人になりましたね。。大人ジーザス。前はもっとあごも細くて青年ぽさありましたが、もうちょっと大人ジーザスになってました。佇まいは結構好きかも知んない。通してよかったと思ったのですが、「ゲッセマネ」のロングトーン直前までがすごく良くて、ロングトーンの一声目で「だめだこりゃ」ってなったり、「自分で治せ!」の後、大きめに「ハッ」って言ってたのは、「ハッ、やってしまった、、」ってお芝居で表現すればいいことで、声に出したら意味ないじゃん。。漫画じゃないんだからさ。。って思ってしまった。「最後の晩餐」の「ワインとパンとで〜思い出すだろう♪」のところは、12使徒に対して「こいつらマジでわかってないし!」って感じがめっちゃ出ててすごいよかったです笑

今日の舞台通して、私だったらこんなにわかってもらえなくて苦しいなら磔になれないな、、「いいだろう、死のう!」とか思い切れないな、はー、私ったら愛が足りないわー。。って思いました。改めて。

江畑マリアは最初から最後までブレみたいなものがどこにもなくて根っこ生えてる感すごかったな。メイク良かったし、きめ細かいお芝居もよかったと思う。

ちょっとだけエルファバのほうが見たかったなって思ったの内緒ね。

この作品唯一私がニヤニヤしながら見ている憩いの場面「ジーザスは死すべし」はファントムが若干2名いて混乱。ていうか、司祭1に佐野さん無駄使いじゃないかな、ダイジョブ?ダイジョブなん・・? もちろん鞭打ちはしてなかった。サトケイさんどこ行ったの。

アンサンブルさんは、立ち位置目指してすっ飛んで行く人とかいて、そういうの見ようと思って見てないのだけど、あれが悪目立ちってことなんだろうなぁ。。本編ではないけど、カテコの時のユダを頂点にした逆三角形で八百屋舞台を降りてくる振り付けも、真ん中の女性が腕の上げ方が周りと逆で、その方だけじゃなくて他にもいたかも知んないし、もう揃える決まりではないのかも知んないけど、ちょっとがっかりしてしまったー。

あと、、、記録に残すのもつらい大森シモン。ほんとごめんなさいね、正直者で。。あのシモンは、、どういう状況?あれで「とこしえの栄光とー」を上げアレンジでもしたらどうしようかと三白眼で警戒していたけどしなかったのでそこだけは本当によかったです。

江畑さんもそうなんだけど、高井さん、佐野さん、ワイスさん、北澤さん、佐野さん、この辺りが共通の、なんてゆうか、かつての?往年の?いにしえの?四季っぽい佇まいがあって、その他の不安定要素をがっしり包み込んで支えていた感じだったかなー。浅利先生がご存命だったときは舞台に上がっている全員が、技量に差はあれど一応そういう同じ空気感を纏っている、、というのはあったんだけどな、、って思ってから「え、ああいうJCSって実はもう二度と見れない、、かもしれないってこと?!」ってなり、突然床が抜けて落ちていくような感覚で身震いしてしまった。

「その道さえ 見失うぞ 私が去った後は」

いやいや、そんなことないよね。これからだってきっとあるよね、見終わった後に「あと100回くらいみたい!」と思う四季のJCS。

師匠が「人にとってもらったチケットであんまり良くなかったって言いづらいかもしれないですよね」って言ってたけど、いっぱい言ってしまった。。笑

でも、今日の観劇とっても楽しみにしていて、会社でもついつい鼻歌歌うくらいだったので、観られて本当に嬉しかったです。

Facebookより

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