沈黙法廷/佐々木譲 ネタバレあり感想

平成28年11月刊行、令和元年1月文庫化初版なので、わりと新しい本。

独り暮らしの初老男性が絞殺死体で発見された。捜査線上に浮上した地味な女性を巡り、警視庁赤羽署、埼玉県警大宮署を巻き込み、それぞれの腕きき刑事である、伊室、北島を奔走させる。そして有力な証拠が集まらないまま、ついに彼女は被告人とされ、裁判の場へ引き出される。

目次は次の三章からなる。
1章 捜査
2章 逮捕
3章 公判

総ページ738ページの長編小説である。
ネットのレビューを見ると、ページ数の割に薄いとか、人物描写が少ないから読みながら親近感湧きにくい、とか、あまり芳しくない。
まあ、私読んでからレビュー見たから別にいいんだけど、その殆どのレビューに、「なんで⁈」って思った。

めちゃくちゃ読み応えあったよ。
登場人物、あんなに多いのに一人一人の個性が際だっていて、しばらくたってから出てきても、さほど混乱することなく物語に入っていくことができたよ。

まあ、感想は人それぞれだからいいので、私は私の感想を。

まず登場人物の役割が、とてもはっきりしていると思った。
赤羽署刑事課捜査員の伊室、大宮署の北島、弁護士の谷田部、検察官の奥野、裁判長の鹿島、そしてたくさんの関係者たちと、複数の被害者たち。そして、物語の冒頭と3章に登場し、語り役ともなる高見沢弘志。

人物としてはいかがかと思うが、物語の要としてきっちり「役目」を果たした警視庁捜査一課の鳥飼。

全く、読み終えてみれば、手柄欲しさに捜査のかなり早い段階から、予断を持って一人の女性を犯人と決めつける捜査を強いた鳥飼の罪は重い。

警察の組織の硬直化、それに伴う主人公刑事の苦悩は、たくさんの小説や映像作品で語られてきているが、これほど、伊室や北島のような優秀な刑事が、組織によって路傍の石のように身動き出来なくなるさまを見せられることはそれほどないように思う。

そして長いやりとりながら、緊張感の途切れない法廷のシーン。
何ページにもわたる「」での応酬が続くが、審理の緊迫した様子を伝えるのに、これ以上ないほどの効果を上げている。(←何様?)

さてタイトルの「沈黙」部分だが、全部で3週間の審理のうち、公判開始から六日目の被告人質問中の休憩後に現れる。
仙台で働いていた被告人の元恋人・高見沢弘志は、仕事を辞めて、毎日、傍聴券を求める列にならぶ。
それまで傍聴席に目を向けることのなかった被告人・山本美紀は、この日の昼休憩後、初めて傍聴席に目を遣り、弘志と、それからもう一人の紳士を見つけてしまう。
直後、彼女は全ての質問に黙秘を通し始める。

このあと再度審理は休廷され、再び始まったとき、弁護士の矢田部が、彼女を厳しく諫める。
その声に勇気づけられるように、彼女は再び質問に答え始める。
タイトルにもなった、「沈黙」は、この、ページ数でいえば、たった19ページほどなのだ。
だが、この短いシーンで、彼女は矢田部から、「自分を信じろ」というメッセージを受け取り、以後は真摯に向き合っていく。
短いながら、とても重要なシーンで、尚且つ、人が内面から変わるときを描いた感動的なシーンであると思った。
これ以上長くすれば全体が緩み、短くすれば物足りない、その絶妙な間だった。

ラストシーン、水を得た魚のように、再捜査に向かう伊室たち捜査員の姿が清々しい。

そして、読み終えたとき、そのずっと前に、この小説の核ともいえる文章が出てきていたことに気づく。

p273「ほかとの競争といった、いわば雑音のような要素は無視して捜査に当たるのではないか」

これで終わりにしたいところだが、
ただひとつ、気になったことがあるので書いとく。
高見沢弘志の、山本美紀を想う気持ちが、どうもいつも揺らいでいて、これも読者へのひっかけかもしれないが、本当に彼女を愛しているのか、最後まで(私には)判別がつかなかったことだ。

p560、弘志の述懐、「演技や計算ではなしに、あのような優しさを示されたなら、男女を問わず、年配者が心を開くことも自然に思えた」
この推測は、恋する人間の心情として、冷静過ぎないか?

このシーンを読んだとき、この男は裁判を聞いているうちに、もう、山本美紀への愛は冷めているのかと思った。

実際はそうじゃなかったけど。
そこだけ惜しかったかな。
ワタシ的にですけど。

良い本読みました。
この本を平積みにレイアウトしてくれた本屋さん、ありがとう。

以上です。
スマホで書くのは目と指が疲れるわ。



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