優しい世界-我らが少女A/高村薫 ネタバレ有り感想

高村薫先生久しぶりのミステリー。我らが合田雄一郎シリーズ6巻目にして前作(冷血)から7年ぶりの登場です。マークスの山で37歳だった彼は、読者と一緒に歳をとって物語現在57歳。警察大学校の教授をしています。
合田と言えば忘れてはいけない義兄であり友人であり(ホントのところは)人生のパートナーでもありそうな、加納祐介は、東京高等裁判所判事の職にあります。

12年前に未解決で捜査終了した元美術教師殺人事件が、今年になって同棲相手に殺された上田朱美との共通点を持つに至って、朱美(当時15歳、享年27歳)とその周囲の人々、そして捜査責任者だった合田や当時の捜査担当刑事たちがまるで緩やかな渦に巻き込まれるように、再び事件現場でもある東京・武蔵野に還ってきます。

ざっくりしたあらすじはこんな感じ。

私は高村先生の初期の作品〜合田シリーズは読んでたんだけど、「晴子情歌」にはじまる、ミステリーじゃない彼女の作品は未読なので、「冷血」で再びミステリーに帰ってくるまでの彼女の変遷は知らないのですが、「我らが〜」に関して言えば、まず現在進行型で結ぶ文末が多く、これが各登場人物の動きや心理を、俯瞰して描くことに成功していると思いました。

それから、高村薫と言えば、深く、狭く、まるで地中に穴を穿つように心の奥へ奥へと分け入っていく描写がたまらない魅力でしたが、本書では、奥から外へ、心の内面から社会との繋がりへ拡がってゆく若者たちの成長がとても爽やかに繊細に描かれていたと思います。

本書は、あらゆるケレン味や装飾を削ぎ落とした上で、そこに最後まで残った核の部分だけを取り出したような、一見とてもさりげない文章が続きます。

起伏に乏しいかのように思えるのはその表面だけで、読み進めるほどに、一文一文は、あるときはぞっとするほど冷徹で、鋭い。ですが、それらが重なり連なると、まるで武蔵野の美しい冬枯れに吸い込まれ同化するかのように、その棘は見えなくなるのです。

上田朱美の同級生・浅井忍は、ADHDを持つ28歳。父親は事件時、担当の刑事でしたが、息子に容疑がかかった日の夜警察を辞し、現在は多磨霊園で働いています。
この浅井忍が「マークスの山」のマークス(水沢裕之)に重なった方は多いのではないでしょうか。三年毎に明るい山(操)と暗い山(鬱)を行ったりきたりする殺人鬼・マークスの人生を、当時の書評で「儚い一生」と表現しているのを見たことがあるのですが、浅井忍は、社会と接点を持ち、働き続け、であるけれどもこれまでの登場人物のように身裡に憤怒を飼っていない、故に爆発もしないところが、圧倒的にこれまでの高村作品とは違うキャラクターだと思いました。
しかし読み終えてみると、浅井忍の生涯もまた、マークスに負けず劣らず儚く、ゲームに埋没した頭脳に隠れた孤独に胸が詰まります。

そして、全536pの本文中、514pになっての急展開にはうわああああと心の中で叫びました(笑)。
合田がソコに気づくまでの経緯が自然に見えるための描写の細かさ。本当に見事としかいいようがありません。
「マークスの山」(単行本)で合田の台詞、「まさか。」を彷彿とさせる、めちゃくちゃ面白いシーンです。

それでも、やはり今回の作品は「優しい」のです。

登場人物みんながそれぞれの仕合せを願う姿が敬虔に描かれています。
これまでの合田シリーズにはなかった視点だと思いました。

そんなわけで、前作「冷血」とも、また、それ以前の合田シリーズとも全く違う展開、登場人物が堪能出来る本作、今回も大満足です。合田シリーズにハズレなし。

(追記)腐っている方は、加納を登場させるたびにいちいち「友人の」と前置きしてある箇所を【恋人の】と読み替えましょう。三百倍読むのがタノシクなること間違いなしです!

終わり。
いつものことだけどスマホで書くのは疲れますね。

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