死刑囚メグミ/石井光太/ネタバレあり感想文

2009年11月、マレーシア・クアラルンプール国際空港で、日本人女性・小川恵が、覚醒剤密輸の現行犯で逮捕された。
2年後、恵はマレーシアの高等裁判所により死刑判決を受ける。

東亜新聞記者の東木幸介は、恩師からの頼みにより、小学生時代の同級生であった彼女に取材し、事件の真相をさぐるべくマレーシアに飛ぶ。

本書は、幸介の取材が始まった2012年と、恵の生い立ちと生きてきた軌跡が、順番に語られる形式で物語が進んでゆく。

幸介と拘置所で会った恵は最初何も話さず、諾々と死刑判決を受け入れているように見える。

だが謎に包まれた2012年の恵の様子とは実に対照的に、『恵の章』になると、彼女の不運につぐ不運と、その渦に木の葉みたいに巻き込まれては巻き上げられて育った様子が詳細に語られる。

東北の小さな町で生まれた恵は、貧困と不登校という不安定な生活のなか、まるで薄氷を踏むようにして成長していく。
やがて看護師として上京しても、恵に安定は訪れない。多額の借金を背負い、やがて同僚の看護師・好江に誘われて『社長』のホームパーティーに行き、借金を肩代わりして貰う。それは新たな蟻地獄の縁だった。やがて恵は好江がマレーシア・成田間で『荷物』を運ぶアルバイトをしていることを知る。

一方、2012年の世界では、一向に掴めない恵の背後関係の突破口を開くために、恵の母、それから恵が面倒をみていた好江の息子・純が、それぞれ親戚から借金をしたり、児相を説き伏せたりする努力の末、幸介、弁護士とともに、マレーシアでの二審に挑む。

緊張感を途切れさせずに物語は進み、最後まで恵の死刑判決が覆されるのか分からない展開。人の心に深く分け入った上での疾走感に、ページを捲る手が心地よく早くなった。

その上でひとつふたつ。
恵の性格が、どこにでもいる女と言ってしまえばそれまでなのだが、非常に曖昧な女に描かれている、ように見える。
純を引き取り、一緒に住むために、最後と決めた危険なアルバイトに手を出すわけだが、そんな芯の強いところがあるのなら、これまでの運命は呼び込まなかったのでは?と思ってしまった。
特に、恋人・トニーに対しての彼女の思いになると全然わからなかった。恵の決断力、想像力、目標は、純の存在がなければ成り立たなかったのではないかと思うほど。
ああ、なるほど。被保護者である純がいなかったら、恵はこれまでの生き方と同じように、嫌なのに断れず、やがて社長やトニーの言うがまま、違法ビジネスに手を染めるようになっていたのだろうか。
…ということなのか?

だが、もしそこを強調するのならば、トニーは一体恵のどこを愛していたのだろうという疑問が湧く。なぜトニーはどんなときでも自分よりも恵に優先される純の存在に、なんの疑問・嫉妬を抱かないのか。最後は恵のために殺されるトニー。仏様なのか、トニー。

そしてここに至って、私のなかでの恵は、どこにでもいる、ちょっと生い立ちが不幸な女性、から、その気になれば、いろんな男を手玉に取ることのできる魔性の女に変わってしまうのだ。

あともうひとつ。
「結構です」と言いたいのだろう会話に、「大丈夫です」と言う言い回しがあり、ちょっと気になった。
全体に曖昧な会話体が多かった気がする。
まあ、それは作者の年齢的なものもあるだろうし、世の中、時代に流れていかない言葉なんてないしね。

いずれにせよ、骨太で、読み応えのある本だった。(ほんとだよ)




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