「カインは言わなかった」/芹沢央 ネタバレあり感想

誉田(ほんだ)規一率いる、HHカンパニーのバレエ公演「カイン」を巡る、主役交代劇?と、主役であった誠と、その弟で画家の豪の物語、そして豪の恋人と絵のモデル女性を巡る物語、カリスマ振付師・誉田に降板を言い渡され自主連中に死んだ穂乃果とその両親の物語。これら複数の物語が、(たぶん)三日間の同軸で進む。

たが、登場人物の書き分けが甘いために、途中で、このヒト誰だっけ⁈ってなる。
こういう小説こそ、最初に登場人物名を列記して欲しかった。

とはいえ、本書ではものすごい悪人が登場するのだ。最近流行っている言葉を用いれば、サイコパスという人種だ。
一人は誉田。
この男はなぜかラスト近くで名誉挽回的な叙述のされ方をするが、この男の、他者を貶め、自主連中に熱中症で倒れた穂乃果を見殺しにし、人間を自分の作品を表現する駒としか見ていない視線の冷たさは、全く同情の余地がない。

また、もう一人、誠・豪の母親もまた、はるばる訪ねてきた豪の恋人への対応、的外れで図々しい言動から、サイコパスだと言ってよかろう。

この作品には、そうした「強く、容赦しない(人間世界での)勝者」と、「その勝者に翻弄され、行くべき道を見失って途方にくれている人達」が登場する。

私は、ここまで容赦なく(訓練という名の)悪行を重ね続ける人間を生み出した作者に敬意を覚える。

しかも、この悪人たちは、人間社会において、なんのとがも受けず、今日ものうのうと飯を食い、生きているのである。怖い。

翻って、ラスト近く、そのサイコパスどもに利用された人達は、たとえば、穂乃果は死の直前まで、役を取り返すという希望を持って闘っていた、という落とし所を設けられ、尾上は、次回の舞台で主役の座を奪い取る。

そうして、人間の皮を被った、心は人間でない生き物を、彼らが凌駕したラストのようにも見えるが、私にはどうも予定調和に見えてしまった。

なぜなら、おそらく誉田はなにも変わっていないから。

彼の犠牲になる人間は、これからも累々と出てくるだろう。たとえそれが現実の在り方だとしても、小説のなかでは、誉田に一矢報いて欲しかった。

圧倒的芸術的才能の前で、これほどの非人間所業が許されるのか?
これこそが、読者の求めている解だったと思うし、このテーマをもっと突き詰めた物語を読みたかったと思う。


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