「ロストシティZ」読了

1925年に、南米アマゾンの奥地で消息をたった探検家、パーシー・ハリソン・フォーセットというイギリス人の足跡を辿ったノンフィクション。

著者は、デイヴィット・グランという記者で、かつて南米がスペイン人やポルトガル人に征服されていった歴史なども織り込みながら、フォーセットの、7回にも及ぶ探検を、残された手帳や手紙類から丁寧に追ってゆく。

1900年初頭の南米奥地は、いまだ先住民族が大勢住む未開の地で、その危険たるや想像を絶する。生物の血液だけを餌に生きているナマズの一種、カンディルなど獰猛な肉食の生物が跋扈し、インディオの襲撃にも道を阻まれるなか、Zと呼ばれる都市を探して、フォーセット一行は過酷な旅を続ける。

旅の途中は、故郷に帰って、人間らしい(文化的な)生活を夢みるフォーセットなのに、帰宅して数ヶ月もすると、またも装備をまとめ、妻子を置いて南米へ出かけてしまう。

フォーセットの言葉にこうある。「どういうべきかーー驚くべきことにーー私はあの地獄を愛していたのだ。私は悪魔のような手で鷲掴みにされ、また地獄を見たがっていた」

南米に惹きつけられ、魅入られてしまった探検家の心の裡は、残された書簡などから推測するしかないが、非常な勇気と、並外れた行動力と、体の頑健さは、なにか見えざる力によって、フォーセットを探検家でしか生きられない境遇に追い込んでいったかのように思える。

私は、以前なにかのテレビで見た、著名な動物愛護家に、その姿を重ねた。
その人は、人間であっても、心は人間に向いていないように見えた。人間に対する言葉は容赦なく、ただ、動物たちを乱獲するハンターたちをひたすら憎んでいた。

そうした、人間でありながら人間を(というか、人間世界を)激しく憎み、自然や動物の世界に傾倒する一端を、私はフォーセットのなかにもわずかながら感じた。

憎むという激しい感情でなくても、人間社会からはじき出されている、或いはそう感じる場面で、今より多少過酷であったとしても、逃げられるならそこに逃げたいと思うことが、生きていれば一度はあるのではないだろうか?

ちなみに私はよくある。
カンディルに血を吸われるのは嫌だが(笑)。

そんなふうに、私はフォーセットの探検を読んだ。
南米で、同行した息子ともども姿を消したという彼の死は、いまや伝説になっていて、生存説まであるそうだ。
だが、私は、彼の死が少しでも安らかなものであったことを、願わずにはいられない。


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