FLOWER/木原音瀬(ネタバレ感想文)

引き続き入院中につき、積読置き場から持ってきた本を読んでいる。

表題の小説は、短編というか中編サイズで、まあこの作者らしいといえばらしい作風であった。
ほかに四作があるが、それらについては割愛する。

表題作の面白いところは、いわゆるサイコパスを主人公に持ってきたところだが、簡単に言うとそのサイコパスを本気で愛してしまった人がいて、その愛にサイコパスが気付いておしまい、という、まあ身も蓋もない書き方をしてしまうとそんな感じ。

これを、酷薄な性格の主人公・谷脇と、彼に翻弄される副主人公・松本朗の、この世では結ばれなかった愛の物語と読むか、サイコパスに打ち勝った常識人の話と読むかは人それぞれかと思うが、私は後者の方が好みなのでそっちで感想文を書こうと思う。

主人公・谷脇は、やり手の外科医だが、サイコパス(良心をもたない人)なので、
・いつも退屈しており、
・自らの欲望に忠実で、
・周囲を適当に楽しませる能力にたけ、
・いつもターゲットを探している

そんな彼のところに、あまりにも無防備に飛び込んできたのが、研修医の松本朗である。

谷脇は、彼を卑劣な手段でお持ち帰りし、意識のない状態の彼をレイプした挙句、合意だった(なんだったら自分が被害者である)と言い張る。
それをまるっと信じてしまう朗の性格造作はどうかと思うが、それだけ谷脇が巧妙だったのだろう。

谷脇は、歯が浮くような台詞で朗の心を操りながら、心のなかでは、たかがセックスと断じ、
朗のことを、水槽の中の魚と形容し、軽蔑している。

で、当然ながらだんだん朗は谷脇が自分を愛していないことに気づくわけだが、まるで、谷脇の罪を一身に背負うように、彼には次々と不幸が襲い掛かる。

母の死、谷脇の子供を宿した妻の死、そして自分にも病魔が襲いかかる。

朗の死後、漸く朗の愛と自分が朗を愛していたことに気づいた谷脇が、街で嗚咽する場面で物語は終焉を迎える。

文字どおり命をかけて谷脇を人として再生させた朗の生涯の物語だとは思ったが、谷脇というサイコパスの人物像はかなり精密に書き込まれているのに、朗の性格が、イマイチよくわからないうちに幕切れを迎えてしまった印象で、残念だ。

ふたりの仲が(当然ながら)しっくりいかなくなってからの(つまり水槽の中に居た大人しい魚でしかなかったはずの)朗について、もう少し突っ込んで読みたかったと思う。

でも、
サイコパスへの接し方について、
サイコパスから身を守る最良の方法は、相手を避けること、いかなる種類の連絡も断つこと
とあり(下記文献より)、その真逆を行った朗の勇気をまずは評価したいが、彼らの愛の行方として、こうせざるを得なかったように描いて過不足ないところが良かったと思う。

なお、サイコパスについては、私のサイコパスについての神本ともいうべき、「良心を持たない人たち」/マーサ・スタウト(2006年第一刷)を参考にした。


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